ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年08月22日
 外天の夏 5 (ヤングジャンプコミックス)

 そして夜が明けることなく、物語は終わる。朝が来てしまえば、すべては消え去ってしまう、それをおそれた祈りのように、である。暴走する少年たちに委ねられた佐木飛朗斗のロマンを、東直輝がマンガ化した『外天の夏』は、この5巻で完結した。突然の連載終了によって、まったく先行きの見えないまま、いったんは幕を引いてしまった作品であったけれど、前巻の予告どおり、単行本化にさいして大幅な描き下ろしが加えられ、主人公である天外夏の使命と青春に、束の間の希望が与えられている。いや、たしかにこれでもまだ中途半端に見られてしまうかもしれない。が、結末のあまりにも儚く、ささやかで、しかし逞しく、輝いて残るありようは、断固支持したい。油断したら感動してしまいそうですらある。

 この宇宙は果てしなく、どれだけ懐のひろさを持っていたとしても、一個一個の人間が幸福になれる筋書きを、わざわざ考えてくれたりしないだろう。各々がただ、自分の理を、手探り、掴んでいくしかないのである。すくなくともその決意がラストのシーンに刻み込まれている。

 たとえば架空のガールズ・ロック・バンド、ガソリン・バニーの奏でる楽曲が暗示的であるように、作中において、あるいはすでに現在の社会において、あらゆる価値基準は相対化されており、ヒロインの一人である巻島亜里沙の両親、宗親と玲子の夫婦が、互いを利用し合うことでしか愛を実現できないのも、そのことを忠実に教えているにすぎない。悪意を望んでいるのではない。存在価値を認め、必要としながらも、今の世のなかには、あらかじめ完璧なものなぞないと悟ってしまっているため、〈“愚かな男”…真髄が感じられないのだ…そしてそれを恥じるなど…〉と、〈“愚かな女”…己の利益しか感じられぬのだ…そしてそれを妄信するなど…〉と、一方の不完全さを呪ってしまう。

 娘の亜里沙は、そうした両親の関係を、ちょうど反照射し、だからこそ完璧な愛を求める者である。かくして、親と子のあいだにもある種の相対性が生じているのはともかく、欲望が、父母を、さらには家族を狂わせた、ということにしておきたい。だが、宗教や哲学に似て、膨大なシンパサイザーを召喚するほど、二人の欲望がきわめて純粋であるとき、それは結果の一部にすぎず、必ずしも正義となりえない。自分以外の誰かを動かさないかぎり、無根拠で独りよがりな批判にとどまる。たしょう象徴的にとるなら、そのことを無意識だとしても察知しているので、亜里沙は、巻島家で行われている饗宴を、途中で抜け、べつの世界に逃げ出すよりほかないのだった。じっさいのストーリーを見るのであれば、そこから逃げ出した彼女は、やがて運命的にも夏との再会を果たす、すなわち家族を原因に欠損を抱えた人間同士が行動をともにする流れとなっている。このような物語上の必然を経、亜里沙の手をとった夏は、春の空が桜と雪を降らす晩に〈…海と空の境は夜に溶けて…まっ白い雪が埋め尽くしてゆく…オレに“真逆の世界”を変える事なんて出来るだろうか…? でも…今 目の前にいるこの娘(コ)がかけがえの無い存在だと…春の雪が教えてくれていた…〉と思うのである。

 決して夜は明けず、夏が〈オレに“真逆の世界”を変える事なんて出来るだろうか…?〉と逡巡していることにあきらかだが、登場する人物の全員が十分なエンディングを迎えてはいない。物語には未解決の余地が残されている。しかしそれでも作品が、できるだけうつくしい印象をもって閉じられていると感じられるのは、夏という主人公に与えられた可能性が、間違いなく、陽性の反応を、たとえ彼の手が届く範囲内にかぎられているとしても、導いている、と信じられるためだ。

 夏の兄である冬が、かつて伊織に向かって言った〈別に世界を変えなくても オマエは無力なんかじゃねーさ…〉という励ましと、「族の王様」を目指す龍人と対面した夏の〈オレは無力で…でも…手が届くものは 何もかも守りたかった…(略)たとえメチャクチャな結果でも…後悔はしていない 何もしない自分は赦せないから…〉という決意は、作品のなかで、まさしく一連なりであるようなテーマになっている。

 たぶん「真逆の世界」とは、いっさいが相対化され、善悪の判断もなくなり、大勢が対立し合うしかない状況の喩えだとすることができる。冬は、その構造自体を変えようと願う者であった。そして、彼のアプローチは、さまざまな人びととの出会いを通じ、弟である夏へ、たしかに託されていることが、ちょうど冬と夏とに極端化された季節のあいだ、にぎやかな春の争乱に描き出されているのである。

 繰り返していうが、結末に至ってもなお、登場する人物たちを迎えるエンディングは十分じゃない。いや、それどころか、どの願いも虚しく、悲しく、残酷でしかありえないことだけが、いっぺんに強調されている。だがしかし、所詮それが、誰しもが幸福になれるわけではない筋書きこそが、この宇宙のありようだとするなら、せめてもの希望を必死になって掲げることもまた、無意味にされてしまうのだろうか。さすがに寂しすぎるよ。冬と夏の、点と点を、線と線とで結び、繋げることで、抽象性の内にあらわれはじめたテーマは、希望を飲み込みながらひろがる空漠に対し、精一杯の抵抗を試みる。宇宙の側から見て、どれだけ誤ったかっこうをしていても、捧げられた祈りの一つ一つは、不思議と人の姿をしていた。

 4巻について→こちら
 3巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら

・その他佐木飛朗斗に関する文章
 『爆麗音』(漫画・山田秋太郎)
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら  
  1巻・2巻について→こちら
 『パッサカリア[Op.7]』(漫画・山田秋太郎)について→こちら
 『[R-16]』(漫画・桑原真也)12巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
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