![文学界 2009年 09月号 [雑誌]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51l8T1ffBNL._SL160_.jpg)
『文學界』9月号掲載。湯本香樹実の小説は過去に二つほど読んだことがあるぐらいだから、必ずしも正確ではないのだろうが、個人的な印象を述べるなら、自分をナイーヴだと信じたい人間が好きそうな物語、といったところで、それはこの『岸辺の旅』を通じても変わることはなかった。漢字を多めにひらいた文章は、相応にチャーミングであるし、やさしく、思わせる。疲れた心にそっと触れる(こうした形容自体が紋切り型だとしても悪い意味には受け取らない向きもあるだろう)程度にはエモーショナルなのだけれど、そこから拡がってゆくだけの感想を持てないのである。おおまかに内容をいえば、奇妙な別れと再会を果たした夫婦の旅を、まるで夢を見ているようなイメージで、そしてじっさいに夢でしかないシーンを込みで、綴っている。しらたまを食べたくなり、台所に立ってそれをこしらえている〈私〉は、不意に、配膳台の向こうで、三年前に失踪し、まったく行方を知れなかった夫、優介の気配を見つける。〈しらたまは彼の好物だったし、こんな夜中にきゅうに食べたくなったのは妙だと感じてもいたから、「ああそうだったのか」とすぐに思った〉ままに、すんなり受け入れ、今までいったいどうしていたのか、尋ねると、彼は昔と同じ様子で、すこしずつ、自分のことを話しはじめるのだった。そういう不思議さで幕を開けた小説は、主人公を魂の旅とでもいうべき(こうした形容がいささか紋切り型であるとしても)に誘いながら、長篇のヴォリュームを持つこととなる。けれども、正直なところ、どうしてこれだけの長さを必要としたんだろう。やがて旅立った夫婦のあいだに、さまざまな人びとや出来事が介入してくるにはくるが、それらはあくまでも「あなたとわたし」の、ほんらいならたった二人だけで完結している世界に奉仕するものでしかなく、あらかじめの雰囲気をキープするばかり、食料の描写がたびたび大事にされているのも、結局はミニマムな関係性にもっとも身近な話題にすぎないからなのだと思うし、全体を眺めたときに異変をきたすほどの転調もとくにないため、作品自体はとても小さく閉じている。
