ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年08月11日
 女神の鬼 13 (ヤングマガジンコミックス)

 この世界に居場所のない人間がもしもいたとしたら、はたして彼らはいったいどうすればよかったのか。ことさら難しく考えるまでもないし、ミニ哲学をぶったりする必要もないだろう。所詮、この世界から逸れていくしかなかったのである。もちろんそれは極論にほかならない。が、しかし極論を手がかりにすることで、ようやく垣間見られる回答があるとするなら、絶望すらも天秤にかけるような、破格のテーマとなりうる。ここでいう世界とは、社会という語に置き換えても構わない。

 田中宏の『女神の鬼』は、この13巻から、物語の当初より存在が仄めかされていた鎖国島に舞台を移す。広島を追われ、海を渡った鬼と呼ばれる少年たちが、世代やチームを超えて、一堂に会するのだ。

 それにしても、前巻のラストは熾烈であった。家族や仲間と離ればなれになることを選んでまでも鎖国島行きを決意するギッチョ(佐川義)とアキラ(藤永晃)、そして彼らを見送ることすら許されず、無言のまま立ち去られてしまう人びとの万感が、正しく旅立ちのワン・シーンとして描かれていたわけだけれども、すさまじい悲愴に囚われる後者に反して、前者の表情の何とぎらぎらしていることかよ。鎖国島が決して不良たちのパラダイスではないことは、たとえば12巻において、下畦の〈王様? 島の中で勝ち上がったら‥‥王様じゃとおぅ‥!? 独立国家みとーなえーモンに思ォとんかも知れんがのォ…言ぅといたるが鎖国島っちゅーのは‥‥刑務所なんじゃい!! 刑務所でてっぺん獲ったけぇゆーて何が王様なら 寝ボケたコト言ぅなやコラァッ!!〉という言葉が、教えている。これを述べる下畦にギッチョは、鎖国島は〈ワシらみとーなモンでも 王様んなれる‥‥大切な場所なんじゃ‥‥コレ以上冒涜する気ならワリゃあ殺すど!!〉と怒るのだったが、下畦はさらに〈鎖国島は永久地獄なんじゃコラァッ!! なぁ〜〜んも知らんとガキがぁッ‥‥!!!!〉と言い放ち、〈何が地獄かじゃと‥‥? ふんっ‥‥‥‥‥そんなモン‥‥‥‥‥二度と‥‥‥‥帰ってこれんけぇに‥‥決まっとろ――がぁ……!! お前らにだって‥‥大切な家族がおろーがあ………好きな女と会うコトも‥‥SEXもできん‥‥島ん中閉じ込められておるのは見渡すばかりの鬼だけじゃ‥‥まさに‥‥‥‥地獄じゃろォがぁ……!!〉と続けるのである。全容はともかく、それがひとまずの真理であることは、鎖国島を忌むべき地として知る市民の言動によって、裏付けされている。

 鎖国島は、楽園、パラダイスではない。これまでのストーリーで、その凶暴な悪童ぶりから世間では鬼と嫌われる人物たちが、次々、送り込まれていった、文字どおり、閉じられた世界であって、そこではもちろん、この社会の規範とはまったくべつのルールが働いている。にもかかわらず、ギッチョが鎖国島に向かうことを願って止まないのは、自分の生まれ育った世界に、安住を求められないせいだろう。

 そして鎖国島の不穏な内部が、いよいよ明かされはじまる。13巻で、船を降り立ったギッチョたちが、懐かしい面々との再会を喜ぶよりも先に、容赦のない洗礼を矢継ぎ早に受けることで知れるのは、象徴も隠喩も換喩も何もかも、文学的な修辞など一個も役に立たないかのような現実を、作者がフィクションのなかに表現しようとしていることだ。髪型のためパーマ液を必要とする程度には文明的な不良少年が数多、たった一つの栄冠である王様の座をめぐり、全存在をかけ、奪い合い、殺し合う。それこそが、この世界に居場所がない人間の欲望をフルに満たすに相応しい、とでも言いたげな、もはやサヴァイバルと喩えるのさえも生ぬるいほどの攻防戦が、繰り広げられている。便宜上、島の東側と西側に勢力がわかれてはいるが、かつては親しく、今や西側の大将になっている真清が、〈お前らはとりあえず この国の法律と…この国の国民の‥‥敵と味方を完ペキに把握せ――‥‥〉と、ギッチョに忠告するとおり、〈生き残りたけりゃあ…ホンマに信用できる仲間以外…絶対に信用するな‥‥!! 絶対にじゃ!!〉というのが、不可避な前提なのである。

 先ほど、文学的な修辞など一個も役に立たないかのような現実、と鎖国島のことをいったけれども、ではその現実の激しさを屹立させる物語に、少年の成長が最大の成果であるようなビルドゥングス・ロマンがもたらされるかどうか、というのが、既存の枠組みを容易に超えてしまっているぐらい巨大な作品、すなわち『女神の鬼』に見るべき一つのテーマだろう。

 すくなくとも、異界を旅し、現世に戻ってくる、こうしたビルドゥングス・ロマンの成り行きを徹底的に断絶した場所として、鎖国島は設定されている。異界は異界であってもそこは、繰り返していうが、象徴的にも隠喩的にも換喩的にも何も起こらない場所に定められているのである。すでに主人公たちは帰るべき場所を持たない。

 しかし、絶望を用いることでつねに希望を示してきた田中宏が、ここにきてたんに絶望を弄んでいるとは考えにくい。いずれにせよ、鎖国島の編に入ってからも、目が離せないことに変わりなく、余人のうかがい知れない構想が、超ど級のストーリーを展開させるに決まっている。

 11巻について→こちら
 10巻について→こちら
 9巻について→こちら
 8巻について→こちら
 7巻について→こちら
 6巻について→こちら
 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 1巻と2巻について→こちら

 『KIPPO』1話目について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
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