ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年08月04日
 呂布とともに不意打ちを果たし、曹操を追い詰めた張ばくが〈曹操……この“戦場”がオレの贈物だ………〉と微笑む場面の何とも蠱惑的な印象、たとえば劉備と曹操のライヴァル関係もそうだが、こういうところに、武論尊らしさがあるよな、と思う。ルックスからして、ホモ・セクシュアルのイメージを張ばくは持っているけれど、それも踏まえて本質的にはやはり、男と男の関係を物語の前面に主張するものとなっており、これは武論尊が原作のマンガにおいて、正しく基本の手続きだといえる。“超”[三国志]をうたう『覇-LORD-』の16巻、曹操による徐州侵攻がいよいよ佳境に入ってゆく。しかし、ここで目立っているのは、必ずしも国盗り合戦に寄ったテーマではないだろう。ふたたび繰り返すが、武論尊の作品はたいてい、男と男の物語なので、女性の存在はうしろへ退かなければならない。これは『覇-LORD-』でマンガを担当している池上遼一が、ほかの原作者と組んだときには、うつくしい女性の主人公を立てるのに成功していることを考えるなら、あくまでも武論尊(史村翔)に固有する問題にほかならない。原哲夫が作画をつとめた『北斗の拳』を例に出してみるとすれば、あれもまた多くの男性登場人物たちが、愛をかけ、生き、戦い、死ぬ、にもかかわらず、その対象である女性登場人物たちが、十分なスポットを受けている部分は、きわめてすくない。最大のヒロインであるユリアですら、生身のままではなく、擬装に擬装を重ねることで、ようやく主体を認められている。むろん読み手は、そうして女性性の後退したかわり、前に出てきている男性性にロマンを見出しているにすぎない。この問題はしかし、男装の麗人として描かれている趙雲の出産や、董卓の邪心すらも揺るがした貂蝉の母性などを通じ、『覇-LORD-』では、微妙な変化をきたしているようにも思われる。そしてついに登場するのが、美貌に似合わぬ凶悪さで盗賊団を束ねる紅蓮である。彼女は〈“卑怯”と“正当”の区別が無い!――それがあたい達の最大の“武器”なんだよ!!〉と言う。たんにゲリラとしての心構えを説いているだけのことかもしれないが、重要なのは、それが女性登場人物の口から述べられていることだ。彼女はその不敵さをもって、武将クラスの陶謙や常元を圧倒してしまのだし、さらには劉備の暗殺を試みる。はたしてそこからいかなる動揺が生まれるのか、すでにいったような意味で物語の根幹に関わり、十分な注目を誘う。
 
 追記:言うまでもなく、『北斗の拳』に喩えるなら、張ばくはユダ、紅蓮はマミヤのヴァリエーションだろうね。だからこそ、その両者をどう動かすつもりなのかが、興味深いのでもあった。

 15巻について→こちら
 14巻について→こちら
 13巻について→こちら
 12巻について→こちら
 10巻について→こちら
 9巻について→こちら
 7巻について→こちら
 6巻について→こちら
 5巻について→こちら
 3巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら

その他武論尊に関する文章
 『DOG LAW』(画・上條淳士)について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/124983838