ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年07月12日
 少女マンガふうの絵柄で、少年マンガのイディオムを参照しながら、独特なヤクザの世界をマンガに描く、こういう立原あゆみならではのスタイルは、私見によるが、この文庫版『本気!』の8巻に収められているあたり(89年の時期)で、完成の域に達したのではないかと思われる。じじつ、ストーリーのほうも、主人公の本気(マジ)を、いったんラブコメ的なイデオロギーから引き離し、切った張ったの激しい世界に集中させることで、シリーズ前半における最大の山場を迎えている。

 風組の調停もあり、集優会との縄張り争いにも決着がついた、はずだった。しかし集優会の目論みによって、ふたたび抗争の幕が、ひらく。集優会の組員が死亡、本気の子分である金造が罠にかけられ、警察から追われる羽目となってしまったのだ。自分たちの身内が殺されたことを理由に、集優会は渚組に対する報復の正当性を主張、またもや緊張が高まるなか、何があろうと金造を信じ、そして争いを止めようとするう本気は、とにかく真犯人を見つけ出そうとするのだけれど、事態はついに、どちらかの組長が倒れなければ収まりのつかないところにまで悪化してしまうのだった。

 ふだんから内容の濃いマンガだが、とくにここでは、渚組の組長である大河内を見舞う悲劇や、潮紋組の長である雪見老人の介入、集優会の若頭である地童の暗躍、染夜に託した五億円などなど、後々の物語において伏線となる箇所も含め、見逃せない点がやたらに多いし、まるで最終回が迫っているかのように(じっさいには倍、いや三倍以上の長いお話しになっていくわけだが)、主要な人物たちが次々と顔を出すのも、たいへん盛り上がる。しかしながら、着目しておきたいのは、やはり、ここから本気の運命において青年期の終わりとすべき転換がはじまっていることだろう。以前にも述べた気がするけれど、『本気!』とは要するに、立原あゆみ版『ブッタ』(手塚治虫のね)なのではないか。内容を先回りするなら、この後に本気は、刑務所に送られ、やがて社会に復帰し、もっとも大切なものを失う、というシークエンスを経、まさしく修行僧のごとき旅へと出発してゆく。そのような受難の、大河ドラマの、引き金となる瞬間が、ちょうど描かれているのである。

 もちろん『本気!』は、直接に信仰を題材としている作品ではない。たしかにその背景には、さまざまな種類の祈りが込められているが、特定の宗教が信じられているわけではなく、てんでばらばら、たとえばこの文庫版8巻のとある場面で、本気は〈久美子さん オレ そん時 理由もわからず 胸に十字を切りました〉という。だが結局は〈後で神さんうらむ事も知らんで…〉と思わざるをえないのであって、ことごとく神は人を裏切る役割として存在する。そしてこうしたテーマはそのまま、少女マンガから出発した作者の重要なモチーフとなっていき、シリーズの(現時点での)完結編『本気! サンダーナ』のラスト(06年)において、ようやく〈オレの存在がひょっとしたら神の解答かもしれないのだから 地球上の生きとし生けるもの そのすべての種を絶ってはいけない 神の与えた解答を絶ってはいけない すべてが解答だからだ… 草木も鳥も魚も 動物も微生物さえも そしてあなたひとりひとり すべて地球の解答なのだから〉という帰結を導く。次巻以降にまた触れることになるかもしれないが、本気の最愛の人である久美子は、たぶん、観音菩薩と聖母マリアの合わさったイメージであり、処女でありながら偉大なる母親の尊敬を集めて、作中に記録されることとなる。

 最後になるけれども、孤児院で育った利一が、本気のもとへ、高校進学を願い出るくだりが、いいよね。すずめやナツ、ギンジたちとともに、のちのちまで本気と久美子の、精神を受け継いだ子供として、成長を描かれる人物である。その彼が、高校進学の金銭的な工面を快く引き受けてくれた渚組の面々に〈オレ がんばって 必ず 恩返し し…ます〉と感謝するのに対し、本気が〈オレらに返す事なんて考えなくていいぜ…でっかくなって立派になったら同じような子供たちに手ェ貸したれ… オレはよ こんな風に思ってる… 一生かかっても人間一匹何人もの人と出会うわけでもねえ… 百人かも千人かもしんねえし そりゃ何万人も知り合いになる人もいるだろうけど それにしたって地球の人たちの数からすりゃ ほんのすこしだ 知り合った人はみんな友達だよ… 助けっこさ〉と言う。これはこの時点ではたんなる浪花節であるかもしれない。しかし、物語が進むにつれ、まるで神に与えられたかのような試練、巨大な信念のさまを呈す。

 7巻について→こちら
 6巻について→こちら
 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 3巻について→こちら
 1・2巻について→こちら

・その他立原あゆみに関する文章
 『恋愛』
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『極道の食卓』
  8巻について→こちら
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『仁義S』
  9巻について→こちら
  8巻について→こちら
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
 『ポリ公』
  4巻について→こちら
  2巻について→こちら
 『月の教室』について→こちら
 『喰人』1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
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