ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年06月30日
 芦原妃名子の『Piece』は、『砂時計』もそうだったが、一片一片は、わりと見え透いたアイディアであるのに、その織り成しが達者であると、受け取ったとき、こうも胸に響くものになるかあ、という感想を持てる。高校時代の同級生、折口はるかが亡くなった。とくに仲がよかったわけではないけれども、はるかの母親から、彼女が親しくしていた男性を探し当てて欲しい、と依頼された須賀水帆は、過去に所縁のあった人びとと再会し、それぞれの諸事情に関わるうち、現在の自分のありかを掴まえ直してゆく。この2巻では、かつて学校中のアイドルとされていた瀬戸内円や、志望の大学に入れずに浪人生を続けている菅原勇、当時の体育教師であった宮本との接触を通じ、またもやはるかの知られざる一面が明かされる。だがまだ、真相には届かない。はたして彼女は、いったい誰を愛し、身籠もり、堕胎したのか。あえて指摘するまでもなく、はるかの存在もしくは不在は、『Piece』という物語の、中核に置かれた謎として機能しており、まさしくピース(断片)のように散らばった彼女の本質は、探偵の役を買って出たヒロイン、水帆の視点によって総合される。これがすなわちアウトラインとなっているわけだが、そのさい、提供される数々のヒントを、水帆は、ある種の鏡としてのぞき込んでしまう。たとえば、円の恋愛観も、菅原の挫折も、宮本の親子像も、どれもフィクションのケースにおいては、ありふれたエピソードだろう。しかし、ありふれていることが同時に、そうもなりえたという可能性と、そうはなりえなかったという断念の、じつに卑近なエモーションを描き出す。大勢との交渉がはるかの実像を浮かび上がらせるのにつれ、水帆が〈もっともっと丁寧に今周りにいる人たちを大切にしよう〉と思うのは、そして〈…最近 私の中で「はるかさん」が少しずつ“色”を持ち始めてて…〉と思うのは、接し合う人びとに対しての、もはや接し合えない人に対しての、少なからぬ共感のなかに、自分の姿を見ているためである。もちろん、誰もがべつべつの性格を持っている以上、他の誰かを丸ごと理解することはできない。せいぜいがコミュニケーションの一端からイメージされる同調をあてにしているにすぎない。それを、深い隔たり、浅い繋がりととるか、つよい繋がりをもたらせるだけの糸口ととるかは、心の持ちようだといえる。ページをめくって最初のほう、信用、という言葉が、時と場合を違え、いくども繰り返される。言わずもがな、信用することと信用されることは、お互いに一方通行なのかもしれない。だが、そうした一方通行を、とりあえずは前に進もうとする微かな足音が、どこからか響いてくる。

 1巻について→こちら
 
・その他芦原妃名子に関する文章
 『月と湖』について→こちら
 『砂時計』
  10巻について→こちら
  8巻について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | マンガ(09年)
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探偵 神宮寺三郎DS 伏せられた真実
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