ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年06月19日
 萩原重化学工業連続殺人事件 (講談社ノベルス)

 うう。おお。ああ。はっ。息が詰まるほどの絶望が漏れる。あいかわらず、狂気の沙汰である。そしてこの、浦賀和宏の、カッティング・エッジなアプローチのみが唯一、もしかしたら小説の未来に通じているのではないかとさえ、大げさにも思わされる。松浦純菜(もしくは八木剛士)シリーズという、空前絶後の物語をなしとげてしまったあとだけに、しばらくは新作を期待できないだろうと予測していたのに、まさかこんなにもはやく、驚愕の一撃が届けられてしまうだなんて、にわかには信じられないよ。そう、つまりは『萩原重化学工業連続殺人事件』のことだ。

 しかしながらまず、今までの作品に比べ、ひじょうにまともな長篇のレベルで仕上がっていることに、驚かされる。まっとうにシリアスで、いたくエモーショナル、ともすれば感動的ですらあって、いやまあ、そう受け取れてしまうというのがすでに、この作者に毒されている証拠なのかもしれず、ネタを割りかねないのでくわしくは控えるけれども、こんなにも常軌を逸した事件は、人間には不可能としか推理できないとすれば、じじつ犯人は人間ではなかったとでもいうような、奇想天外さ、起承転結のぶっとんだ連携は、従来のとおり、浦賀和宏以外の何ものでもないのだが、ただしそれが丁寧にわかりやすくあらわされているふしはある。いくつかのトリックを、容易く見抜けるのも、そのためにほかならない。

 ファッションにも敏感で、美麗なルックスを持つ青年、有葉零は、セックス(性交)をする相手に事欠くことがなく、つねづね〈女を抱くのは、朝昼晩の食事をとるのと同じぐらい造作もないこと〉なので〈こんなに簡単なこともできない男達がこの世に存在する事実と、そして自分がいつか結婚し、たった一人の女を生涯抱き続けなければならないという現実〉が、まったく想像できなかった。しかし、祥子という不思議な雰囲気の少女に教えられてはじめて、首を絞めながらセックス(性交)することがあまりにも甘美なのを知ったはいいが、絶頂のあまり、知らずのうち、彼女を殺めてしまう。祥子は、自分のことを不死身だと言ったにもかかわらず、死んだ。当たり前だ。死なない人間なんているはずがない。だが、散々足掻いた挙げ句、いよいよ警察に自首するよりほかなくなった零の前から、忽然と祥子の死体は消えた。はたしてすべては夢幻だったのか。一方、零の双子の弟で、兄とは正反対に、醜い自分を呪って、いじけ、自室に引きこもる一(はじめ)は、隣家で家政婦として働く綾佳を、窓から覗き見、密かな想いを抱いていた。その彼女が、どうしてか零の留守中、一のもとを訪れ、「お兄さんは、最近、ある事件に遭ったの。それで――少しずつ壊れて始めている」と告げながら、意味深にも「あなたのお兄さん、いきなり消えたりすることない?」と尋ねてくるのだった。さらにちょうど同じ頃、巷では女性の頭部を切断し、なかから脳みそが持ち去られるという猟奇殺人が発生する。そしてそれはやがて、犯人の手がかりを警察が掴めぬまま、連続事件へと発展してゆく。

 こうした諸々におけるミステリの、意外な真相が、次第に明かされるわけだが、それはもちろん、凡百の作家であったならば、おそらく記すのをはばかるほどに、ありえない。ありえない、とはいえ、今日的なサブ・カルチャーの想像力においては、むしろ常識の範囲内に収まるので、ちゃんとした整合性が備わっているふうに感じられてしまうのが、じっさいには異様である。

 思春期的な思いなし、通俗的な独我論を汲み、脳内、主体の思考を一種の密室に見立てるのは、初期の頃より用いられてきた手法の一つではあるが、それがここではかなり洗練され、説得力のとても高い域に迫っている。加えて、世界そのものに対する懐疑も、思弁性と抽象度を落としているかわり、作中の設定に与えられた強度をあげる方向に生かすことで、たいへんたくましいカタルシスを述べるに至る。ヒロインたち(といっていいのかな)の造形に、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイのモチーフを指摘されるのも織り込み済みだろう。はたまた、神の陰謀に等しきゲームを前に無力な個人はどう対峙しうるか、そのようなテーマのエンターテイメント化を見つけることもでき、もしかすれば村上春樹の『1Q84』や伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』にも通じる社会認識の像を取り出せるが、当然、浦賀和宏のそれは、惨劇のぬめりをぴかぴかにコーティングしない。

・その他浦賀和宏に関する文章
 『生まれ来る子供たちのために』について→こちら
 『地球人類最後の事件』について→こちら
 『堕ちた天使と金色の悪魔』について→こちら
 『世界でいちばん醜い子供』について→こちら
 『さよなら純菜 そして、不死の怪物』について→こちら
 『八木剛士史上最大の事件』について→こちら
 『上手なミステリの書き方教えます』について→こちら
 『火事と密室と、雨男のものがたり』について→こちら
 『松浦純菜の静かな世界』について→こちら
 「三大欲求」について→こちら
 「リゲル」について→こちら
posted by もりた | Comment(1) | TrackBack(0) | 読書(09年)
この記事へのコメント
息が詰まるほどの絶望。

これはすごい。
もりたさんの読書に対sる情熱に敬意を表します。
どれだけ記事を読んでも、とても読み切れるもんじゃないです!

浦賀さんの作品は、絶望感とかグロテスクな感じとかが
苦手な方にとっては、真っ先にブラックリスト行きでしょうが、
好きな方には得難い作家さんですね〜。
わたしは後者のパターンですが・・・。

浦賀さんで検索していたら、こちらにたどり着く前に
http://www.birthday-energy.co.jp/
というサイトも見つけまして、どうやら一ひねり
しないと気が済まない性格、らしいです。
しかも、賞味期限はあと6年。
思い切った事を書くサイトがあるもんですね。
しかし、あと6年とは不穏だなぁ。
Posted by モールソン at 2012年07月16日 21:49
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