ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年06月17日
 同じマンションで隣同士、同い年、生まれたときから仲良く育ってきた幼馴染み、むろんその男女比は二対一の三者が、中学三年になり、要するに思春期の恋愛感情抜きではやっていけない頃を、春田ななの『スターダスト★ウィンク』は描いているわけだが、まあこうした概要は、少女マンガのジャンルにおいて、決して珍しいものではないし、すこしずれてはいるが率直なヒロインを真ん中にして、タイプの異なるイケメンさんが両ワキを固めるフォーメーションもまた、ありふれたものだろう。王子様たちといつも一緒にいるあの子はいったい何なのよ、ってやつである。が、しかし、きわめて現代的な『りぼん』の作風によってつくり出されるテンポは、あかるさを大事に、気持ちよく、作中人物たちの生き生きとした表情、やりとり、間のとり方が、とてもいい。そのようななか、少々まじな話を述べるのであれば、血縁がないにもかかわらず平衡を保ってきた共同体に、もしも恋愛の要素が不可避に持ち込まれたとしたならば、それは以前までの穏やかな関係性を破壊する可能性となりうるか、といったテーマが、ひじょうにわかりやすく顕在しているふうに思われるのは、たとえば主人公たちが、中学生という、世間一般的には、現在の家庭を出、新しい家庭を設けられるだけの力を、十分に備えていない年代に、もちろん読み手の層を意識して、設定されているためで、ヒロインである杏菜の鈍感は、自分を子供の立場にしておくことが、当然だという認識によっており、もっというなら、彼女にとって、幼馴染みである二人の少年、颯や日向との関係は、わざわざ恋愛に直す必要を持たない。すくなくとも、物語がスタートした段階においては、そのことが自然な環境に置かれている。この1巻では、杏菜と颯と日向の、行くべき場所(学校)はつねに一緒であり、帰るべき場所(マンション)もつねに一緒であることが、何度となく強調されるのだが、それはつまり、彼女たちが自覚的に進路を選ばずに済ませられている子供だからであって、結局のところ、所与の条件を見ているにすぎない。そこから恋愛の様子を通じ、すこしずつ、成長していく過程があらわされるに違いないのだけれども、おそらく、そのようにませる一方で、作者の意図や読み手の意識とは関係なしに、杏菜たちの物語は、あらかじめ与えられた共同体が、自身の気持ち一つで、不変とはならない事実に立ち合う。

 『チョコレートコスモス』
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
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