ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年01月23日
 愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ

 『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』は、例の第17回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を辞退した小説である。プロフィールを見るかぎりではよくわからないのだが、作者である琴音という人は女性という解釈でいいのかな。まあ、女性だと仮定して、だ。いきなり世代論めいたことを言い出してしまうが、篠原一(76年生)といい、黒田晶(77年生)といい、そしてこの作者(76年生)といい、そこに鹿島田真希(76年生)を加えてもいいが、しかし、この年代の女性作家たちは、なぜにこうも、フラジャイルな造型の登場人物たちとフラグメンタルな進行の物語を好むのであろうか。あるいは、そのような傾向こそが、彼女たちにとっては、リアリティを保証するものなのだとすれば、誰かがすでに論じていても良さそうなものであるけれども、なぜに誰もこだわったりしないのだろうか。まあどうでもいいことなのかもしれないが、すくなくとも僕は気になるのである。

 それはさておき。『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』は、つまりそういう、壊れた世界を舞台にした壊れた人間の物語であるといえる。お約束としてはもちろん、暴力と妄想とセックス(性交)が、それ相応に用意され、自傷と自殺とクスリもあるよ、といった感じであり、じつをいえば僕はそうした、村上龍のある部分を受け継ぐような系統のものがけっして嫌いではないので、わりと楽しく読めたのであった。とはいえ、ちょっと無駄に長いような気がしないでもない。終盤の、全体の像を焦点化してゆくような流れは、こういったタイプの小説においては、はっきりいって、蛇足だと思われる。「カギ括弧」の使われない文章は、主体と他者の障壁を取り払うのに最適だが、後半においては、すでに他者が消失してしまっているため、その成果は失効されてしまっている。また、あるポイントを境にして、告白の果たす役割が、内面を仮構するための語りから、物語を進めるための語りへと機能転換しているのは、まあ意図的だとしても、かくして明らかになる物語自体の魅力に乏しいことは否めない。それにしても、と、話は戻るのだけれども、この小説は、最終的に〈僕〉という主語を導き出すのだが、篠原といい、黒田といい、鹿島田といい、この作者といい、なぜにこの年代の女性作家たちはみな一様に、デビュー作のなかに男性人称を組み込むのであろうか。その点についても、やはり僕は気になってしまう。


posted by もりた | Comment(6) | TrackBack(0) | 読書(06年)
この記事へのコメント
おじさん、全然、読み間違ってる。やっぱり、おじさんの読む本じゃないんだろうか。
Posted by 20歳 at 2006年01月24日 04:38
どもです。
あ、ミスリードしてますか。
すいません。やっぱ若い子にはついていけませんね。
Posted by もりた at 2006年01月24日 07:57
おじさん、素直だね。
これ、他の人の感想。読みました?
http://mystery.parfait.ne.jp/wiki/pukiwiki.php?%B6%D7%B2%BB

あと、「愛をめぐる奇妙な告白のためのブログ」のコメント欄に、直接、書き込んでる人も多いですよ。

おじさんの批評は、難しい言葉を並べているだけで、意味がないですよぉ。

ミシンと海亀が何かわかりますか?

strettaは、「僕」を導き出してるわけじゃないです。

きちんと、フーガ形式、勉強しました?

なんだか、頼りなくて、見に来ちゃいました。。。
Posted by 20歳 at 2006年01月27日 09:03
やや、ふたたびどうもです。
他の人の書評などは、初読のさいには、あまり影響されたくないので、それをきっかけにして本を取った場合以外には、できうるかぎり目にしないようにしてます。また作者のブログというのは、よほどの理由がなければ、テクストとして自律したものと相対したいという思いがありますので、目にしないことにしております。
が、ご忠告のとおり、どうやら読み取れていないポイントが多々あるようなので、書評等に関しては、参考のため、時間があるときにでも読んでみることにします。

>難しい言葉を並べているだけで、意味がないですよぉ。

すいません。そのつもりはないんですが、もしそうだとすれば、気をつけたいところですね。

>strettaは、「僕」を導き出してるわけじゃないです

これに関しては、あくまでも表記上の問題についてのつもりです。
まあどうでもいい話を書いた僕が悪いですね。力量不足です。

>きちんと、フーガ形式、勉強しました?

一読、ポリフォニー小説とは似て非なる着地点を持ったものとして、これはフーガにたとえられているのかな、という理解でした。もちろん、そうした理解が正しいわけではないという可能性については、いずれ再読のさいに考えたいな、と思います。

ミシンと亀に関しては、小説内にある〈ふたりでミシンと亀なんだ、分けることはできないよ〉という記述が示唆する以上のものを考えてませんでした。
べつの何かしらかの意味合いを含んでいるとすれば、それも再読のさいには考えてみたいところです。

いずれにせよ僕程度では思いも及ばない趣向が凝らしてあるらしく、そのことがわかっただけでもサンキューのいたりです。いろいろご教授ありがとうございした。
Posted by もりた at 2006年01月27日 14:04
おじさん、また、遊びに来ちゃった。

琴音さんのブログは目を通したほうがいいよ

フーガは、琴音さんが作り上げたドラクエで、世界観に入り込めない人は、謎解きを楽しんで欲しいという趣向で書かれているそうです

増刷がかかると、攻略本が出るとか、どっかで読んだなぁ・・・

琴音さんの公式サイトのほうに行けば、最低限の知識が身につくし、公式ブログでは、ちょこちょこ、謎解きの話をしてる

謎解きのためのwikiを作ろうかななんて言ってるし、あそこ、荒らしが多いから、たぶん、閉鎖コミュになると思う

ライブドアのwikiって、100人までだっけ、1000人までだっけ。とにかく、狭き門なんだし、参加したいと思いませんか?

ミシンと海亀については、大学の先生かなんかが書いていたよ

核の傘下の上に住む者、さて、なんだ?

これが、strettaにも繋がるんだよ

wikipediaのフーガの項を見直しただけでも、理解度が、全然、違うよ

という私は、英米文学専攻です。

琴音さんの小説は、海外小説の潮流に乗ってるから、私には、理解しやすい
Posted by 20歳 at 2006年01月28日 01:55
はいはいワロスワロス。
何が海外小説?海外がすべてだと思ってる?
そりゃ分かるよ。生まれて初めて受ける大学、そこで、頭に詰め込まれたのが海外の文学だとすりゃ、そりゃ、そういう物に呑み込まれ茶ってモネぇ。
マザーグースごっこはもお仕舞よ。はやくお家に帰りなさいよ。
ドラクエとか表現使うって面白いし、それって凄い大事なところもあるかもとか思う。でも正直それは気味がコドモであると言う事を露呈させちゃってると思う。
Posted by 森栖 at 2006年02月14日 11:04
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