ニルヴァーナのボックス。音源のほうは置いておいて、ひとまず映像の内容について。とはいえ、一回通して観た印象なので、細かいところは拾えてないかもしれない。でもって、ぜんぜん関係のないところから話をはじめる。
『SIGHT』22号、「究極のロック・アルバム100枚!」っていう『ローリング・ストーン』誌の選定を訳した特集のなかで、渋谷陽一がニルヴァーナの『ネヴァーマインド』に次のようなコメントを寄せている。
僕はニルヴァーナが代表するグランジ・ロックのことを、絶望もでかい声で叫べばエモーショナルである、という言葉で的確に表現したことがあるが、まさにカート・コバーンは絶望を誰よりもエモーショナルに歌う人であった。
自分の批評を的確だ、と断言してしまうあたり、渋谷陽一はさすがだぜ、と思わせるが、今回のDVDを観ていると、いや、まさにそのとおりではあるな、と感心してしまう。1曲目から9曲目までは、クリス・ノヴォセリックの自宅で行われたセッション(リハーサルっつうか擬似ライヴ)で、そこでのカート・コバーンの歌は、はっきりといえば、下手糞だ。ただ叫んでいるだけの印象が強い。しかし、それこそが初期ニルヴァーナの固有性として機能していたことは間違えようがない。壁に向かって演奏を続けるカートの姿に関しては、各種音楽誌のレビューや、このボックスのライナーで大鷹俊一が指摘しているとおりであるが、むしろ、この時点ですでにクリス・ノヴォセリックが演奏やパフォーマンスのスタイルを確立していたことが興味深い。この後数年の活動期間の最中、カートはいろいろと変化してゆくが、クリスには大きな変化が見られない。それが、ある意味ではニルヴァーナのサウンドの骨格となっていたことが確認できる。しかし僕の大好きな「スクール」の曲中、ちょっとビデオが途切れてしまうのが残念だ。
10曲目ライノ・レコーズでのライヴのあとなんだけど、ブックレットのクレジットでは11曲目「イン・ブルーム」12曲目「サッピー」という風になっているのだが、これ、じっさいには順番が逆である。オムニバス『ノー・オルタナティヴ』にシークレットで収められていた「サッピー」が、先に流れる。「サッピー」、じつは隠れた名曲である。コーラスの部分は、僕が聴き取る限りでは「and if you save yourself,and you make me happy now」(これを仮定法過去に直した)という感じであり、「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」にも通じる、こういう詞は、ほんとうにカートにしか書けない気がする。いや、僕の聴き取りなので、ものすごく怪しいのだけれど。
で、12曲目「イン・ブルーム」のサブ・ポップ・ヴァージョンのプロモなのだが、これはわりと凡庸というか、バンドの映像にエフェクトをかけるだけ、というデジタル撮影技術の発展してきた90年代前半にはよく撮られていたプロモ内容となっている。
飛んで、15曲目の「ペニー・ロイヤル・ティー」は、エレクトリックの弾き語りである。演奏は91年の段階なので、まだ楽曲としては完成されていなかったためか、歌詞が正式なヴァージョンとは違う、というか、たぶん適当にうたわれている。けれども、メロディのラインは、すでに出来上がっていたということがわかる。なるほど。こういうスウィートなメロディが先にあったら、たしかにハイ・ファイなレコーディングは避けたくなるかもしれない。『イン・ユーテロ』において、スティーヴ・アルビニが必要された理由のようなものが、見て取れる。続く「スメルズ・ライク・ティーンスピリット」は、もちろんアンセムである。観客のノリが、興味深い。時代性というか、ハードコアともヘヴィ・メタルともつかない感じで、今でいえば、イギリスのちょっと激しい系のバンドのライヴみたいなノリである。
と、飛んで飛んで、ラストのオールデイズ・ナンバーのカヴァー「そよ風のバラード」であるが、これはスタジオでのリハーサルを捉えたもので、カートがドラム、クリスがギター、デイヴ・グロールがベースを弾いた、とてもリラックスした雰囲気の演奏を聴かせる。このあと演奏が終わると、画面が真っ白になって終わる、そういう空白を強調するような静かさが、そこにはある。
ニルヴァーナ関連の文章は→こちら と こちら
それと「はてな」のほうのもニルヴァーナについての文章があります→こちら
ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2004年12月06日
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