ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年05月14日
 ナンバデッドエンド 2 (2) (少年チャンピオン・コミックス)

 とりあえず、自意識や社会性が欠損している人間に関しては生まれや育ちのせいにしておけ、的な言説によっていくつもの物語がつくられているにもかかわらず、フィクションを通じ、そうした土壌とでもいうべき家族や学校の風景に、希望を描き込むことの困難さを嘆くばかりが、さも高尚な問題提起であるかのごとくもてはやされる近年、小沢としおの『ナンバデッドエンド』が一際すぐれているのは、その、容易じゃないところを果敢に攻め、着実な成果をあげているような真面目さが、もれなくマンガのおもしろみへと繋がっている点にあるのだと思う。

 ついに剛の秘密がばれる。ばれた。実の妹の吟子や後輩である弥生は、自分たちの敬愛する人物が、どうして偽りを用いてまで、ありふれた高校生活を守ろうとしているのか、納得のいかない表情を浮かべる。とくに吟子は、裏切られたという気持ちがいっぱいになってしまい、素直に話を聞くこともできない。彼女の不信感に対して、主人公は、いかなる言葉、態度を尽くし、切実さをあらわそうとするのか。これが2巻のあらましであって、主眼である。もしかすれば、二人の和解が用意されるにあたり、ワキから悪人が登場してくるなど、ストーリーに都合のよい部分があるかもしれないし、吟子のピンチに剛が駆けつける展開を、ベタだとか、お約束だとか、の一言で済ませてしまうのも可能だろう。が、しかし、それらはいわば、ドラマの核心を強調してゆくための補助線を果たしているのであって、作品の内容、価値を低めるものではない。どころか、無理のないプロットを自然と成功させ、そのなかに十分なテーマを盛り込んでいる作者の、熟達した手腕に舌を巻かされる。

 吟子に剛のことを尋ねられた伍代が〈ヤンキーの難破もアイツだし 生徒会長の難破もアイツ…ウソはついてない どっちもアイツなんだ〉と伝える言葉は、せつなく、重い。弥生に特服先生の正体を知られた鉄が、まじな横顔をのぞかせる一瞬、一コマのさりげなさに、剛をかばう気持ちがよくあらわれている。これら友人たちのやさしさは、もちろん、前シリーズである『ナンバMG5』から引き継がれてきた主人公の人格、魅力、苦悩を再確認している。

 以前にも述べたとおり、主人公である難破剛に課せられているのは、環境と内面の二極に引き裂かれた主体のアレゴリーにほかならない。いうまでもなくそれは、今日のサブ・カルチャーが物語を扱おうとするとき、誰しもが経験しうる可能性として、説得力の足しにされているものと同質である。そして、たいていは、悲惨な暴力や犯罪の原因にあてることで、ほら、こんなにも深刻に時代を捉まえてますよ、といった程度の手振りを示しているにすぎないのだけれど、『ナンバデッドエンド』の場合、等しい現実に属していながらも、そこから腕をひろげていき、運命には必ずや変えられるだけの余地が残されていることを、表現の内に抱こうとしているので、注目にあたいする。剛の〈オレは……暴力でしか評価されたことがない……ケンカ以外でホメられたことがない自分が スゲェカラッポに感じたんだ…〉といい、〈オレの取り柄なんてケンカだけかもしんねェ…それでもさがしたかった ケンカ以外の何かをな…〉という告白は、とても悲痛だが、「ケンカ」の個所を他の言葉に置き換えてみればあきらかなように、家族からの期待を理解しているうえで、自立心を目覚めさせてしまった人間にとっては、決して特殊な呟きではないだろう。

 それにしたって、相変わらず、クソみたいな連中はどこにでもいるんだな。おまえら、数と力に頼って他人に言うことを聞かせようとするのが、みっともねえって思わないのかよ。危ない目に遭う吟子と弥生を助けるべく、躍起になって息切らす剛の、その表情をよおく見られたい。傷か、汚れか、黒い線がいくすじも張り付いている。ああ、こうして誰かのため、いつだって身を挺し、仕方なしに戦ってきたから、先に引いた告白のくだりは、彼の自分勝手以上の深い意味を、持ち合わせてくるのである。

 1巻について→こちら

 『ナンバMG5』
  18巻について→こちら
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  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  1巻について→こちら
  1話目について→こちら
posted by もりた | Comment(2) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
この記事へのコメント
突然すいません。そうなんですよね、コメディだけど、暴力を勉強に置き換えたら、それこそ80年代から語られてきた、抑圧された自由という原罪論まで行き着く普遍的なテーマを描くのがナンバだと思います。最近シリアス成分が多くてちょっと物足りないのも事実ですが、それだけ描きたいことがあるのだろうと、脳内補完しています。

それにしてももりたさんの筆力に感動します。この2巻のレビューには、本気でウルっときてしまいました。。過去に紹介されていた『GOLD』はちょっと重たかったですが『ナンバ』は最高でした。『由良COLORS』も何とかして手に入れて読みたく思います。失礼しました。
Posted by ポン at 2009年06月03日 16:05
ポンさん、コメントありがとうございます。

基本的にサブ・カルチャーは、抑圧からの離脱(それをカタルシスと呼んでもいいのかもしれませんが)を、ある種のテーマにしていると思うので、コメディになるのが正解なのかもしれませんが、「ナンバ」は、コメディのまま、その一歩先にまで踏み出そうとしているところが立派だと思います(これはこのブログでは、自分が実力不足なためレビューできてませんが、西森博之のマンガにも感じております)。「由良COLORS」もあまり話題になっている感じを受けていないのですが、けっこういいんですよ、これが。
Posted by もりた at 2009年06月04日 21:57
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