ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年05月07日
 田中宏の新シリーズである『KIPPO』の第1話は、『ヤングキング』08年18号に掲載され、第2話の発表を待たずに、先般、YK BEST版『BAD BOYS』の「廣島不良伝説」編に収録された(コンビニ版コミックスのことね)。さすがにこの調子では、いったいいつ、単行本化されるのかわからないし、そのせいか、現時点ではインターネット上にほとんど感想が見かけられないので、これを期に一度ちゃんと取り上げておこうと思う。すくなくとも、読み切りのマンガだと判断したところで、作品の内容は十分、語るに値する。

 その界隈では名の知られた危険人物、澤一郎には決してゆずれない、そして是が非でも大事にしたいものがあった。〈やっぱ 俺には……お前らだけじゃ………!! お前らと作った この大切な場所 ココだけは… ココだけは絶対に守る…………!!〉。母親の愛情をまったく感じられずに育った家には居場所がなく、気心の知れた二人の友人といつも集うガード下の一角、そこに宣戦布告ともとれる張り紙を見つけ、怒り、犯人捜しに躍起となるのである。だが、皆目見当はつかず、協力を仰ぐため、地元に幅広い人脈を持つちんちくりん、桐木久司という少年を呼び出すのだった。

 物語は、澤一郎の抱える孤独を追うようにして、描かれる。幼少の頃より、家庭でないがしろにされ続けてきた彼は、おそらく、生い立ち、精神的な理由によって食行動に異常を持っている。作者はたぶんこれを、物質的には豊かな時代との対照のなかで、愛情への飢えに変換しているが、しかし、そういった説明では、紋切り型すぎ、ぜんぜん作品の内容を捉まえきれていないところにこそ、『KIPPO』の、1話目の切実さは刻み込まれている。

 これまでにもさんざん述べてきたことだけれども、どのような時代でも不良にならざるをえない人間というのは、いる。今日ではその原因を、生まれや育ち、つまり遺伝や環境の問題に求めることが主流になっており、トラウマなどの要素もこの系統に含まれる。もちろんこれは、不良にかぎらず、社会から逸脱したアウトサイダー全般にまで範囲をひろげることができ、フィクション化のさいには、運命の過酷さをもって逃れにくくしてしまうのが、容易い。だが、もしもそうであるなら、生まれや育ちに選ばれなかったため(言い換えるなら、生まれや育ちに選ばれてしまっため)に業を背負わされてしまった人間の魂は、あまりにも救われないではないか。

 そうしたある種の宿命論に対して、反証となるかのような福音が、物語を通じ、澤一郎と彼の仲間にもたらされているのである。当然、ここで重要なのは、反証として機能するには一定の論理が必要だということであって、この1話目の場合、作中人物を逸脱させてしまった本来の社会そのものを代替する別個の社会が、彼の前に差し出され、共同体のこうあるべきを選び直し、生き直す機会の与えられていることが、まさしくそれを果たす。

 はからずも自分たちの大切な場所を占拠され、意外な光景を目の当たりにしておどろく澤一郎に向かい、真相を知る桐木久司が〈みんな 親戚でもなんでもない 友情で繋がれたファミリーなんスけど 愛情だけはバカみとーにアツくてね ソレに魅かれて 行き場 無くした不良が どんどん集まってきて……年々 増えよんですよ…このファミリー〉と述べる、そのコミュニティの幸せそうなイメージに、あらかじめ愛情の断絶を言い渡され、暗い現実のみを現実としなければならなかった人間の、心の深くに新たな継ぎ目を足すほどの可能性が、あらわれているのである。

 以上の題材のきわめて丁寧な切り口は、これが作者のライフ・ワーク的なシリーズの続編であるという前提を、必ずしも要しない。たいへん魅力的な一個のエピソードとして完成している。一方、バック・グラウンドのストーリーを知っているとき、その理解はよりいっそう深まるだろう。したがって補助的に述べるが、『KIPPO』は、『BAD BOYS』を始点とし、『グレアー』、『女神の鬼』と、同じ場所、違う時代を舞台にした巨大な物語の一部でもある。さらにテーマ上には、同作者のべつシリーズである『莫逆家族』との重なりもうかがえる。すなわち、莫逆(血の繋がらない親しい者)と家族(血の重たさに繋がれた者)の相剋に接点がある。

 この1話目では、ほぼワキに徹しているかのような桐木久司は、『BAD BOYS』で主人公をつとめた桐木司の息子である(作中に明言されているわけでないので、たぶん、としておきたい)。その彼が、ファミリー、と呼ぶコミュニティは、作中の時系列でいうなら『女神の鬼』、『BAD BOYS』、そして『グレアー』の物語を経、世代を越えながら、ようやく実現された理想であって、それはつまり誰も疎外されない、血の繋がりのある者も血の繋がりのない者も、一度交わったなら、等しく、尊く、かけがえがないと信じられる未来の、あかるい記憶にほかならない。

・その他田中宏に関する文章
 『女神の鬼』
  11巻について→こちら
  10巻について→こちら
  9巻について→こちら
  8巻について→こちら
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  1巻と2巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
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