ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年03月12日
 ナンバデッドエンド 1 (1) (少年チャンピオン・コミックス)

 しかしそれにしても、どうしてこう、『ナンバデッドエンド』って、やたらにおもしろいのか。たしかに主人公に課せられた設定自体はユニークであるものの、話の運びや展開に奇をてらったところはなく、むしろオーソドックスきわまりない。したがって、ページをめくりながら、落とし所が見えてしまう部分もあるにはある。にもかかわらず、その内容からは目が離せない、たいへん引き込まれる。なぜこんなことができるのだろう。と、考えて、作者の過去作を振り返ってみたとき、驚くべきことに気づかされる。なんと、小沢としお(小沢利雄)というマンガ家は、98年に『フジケン』ではじめての連載を得てより、すくなくともこれまでのあいだ、複数の作品を手がけながらも、一貫して高校生活だけを描いてきているのである。それのどこがすごいのか、と問う前にまず、現代において他にどれだけ同じようなスタンスの作家がいるか、を考えて欲しい。しかもファンタジーを題材とせず、つまり、にぎやかな学校生活を日常に置き換えることで、異界の戦いから帰ってくるべき場所としてあらわすのではなく、にぎやかな学校生活そのものをズームし、表現し続けている点も踏まえねばなるまい。さらにいうなら、『フジケン』、『いちばん』、『ダンコン』、『チェリー』、そして『ナンバMG5』と、読み比べてみればわかるとおり、テーマのヴァリエーションは豊かであり、決してマンネリズムには陥っていない。こうした一途ですらある関心の高さと、対象に向けられる視線のやわらかさが、おそらくは、現在の小沢に類い希なる筆致をもたらしているのであって、むろん、スキルとセンスもそれに乗じる。

 筋金入りのヤンキー一家に、生まれ、育った難破剛は、ケンカばかりで明け暮れる日々に疑問を覚え、家族には黙って、秘密にしたまま、遠方の白百合高校へと入学する。かつての自分とは無縁な、ごく一般的な学校生活を、そこで送るつもりであった。しかし根っからの面倒見で、あれこれと持ち上がるトラブルに関わるうち、隣の不良校である市松高校のトップにされてしまい、あまつさえ千葉を制覇、横浜のギャングたちからも一目置かれるまでになってしまう。ふだんは何とか素性を隠しおおせるてはいるが、擬装も兼ねていた特攻服の姿が、「特服の男」の噂となって、各地の不良のあいだで一人歩きし出す。以上が、『ナンバMG5』のあらましであり、後継作にあたるこの『ナンバデッドエンド』の出だしといえる。ふつうのヤンキー・マンガだったなら、学校の外に舞台がひろがりそうになったとき、それを好都合と利用することで、物語に規模のおおきなダイナミズムを導き出していくものだけれども、『ナンバデッドエンド』の場合、むしろベクトルは逆さまに、学校の内へ内へと物語を深めていっている。いったん揉め事に巻き込まれれば、特攻服を着、修羅のごときつよさで、不良連中を圧倒する剛の、破天荒なスペクタクルではなく、どうしてもその正体を知られたくない、できれば普通の学生でありたいとする心性こそが、前面化されているのである。

 以前にも述べたが、『ナンバMG5』とは、一人二役の奇妙で困難な高校生活を送る主人公の、入学から二年生の夏休み明けまでのストーリーであった。すなわち、三年間という限られた時間の、まさしく折り返しが、一つの区切りとなっている。そこからバントを受けてはじまった『ナンバデッドエンド』では、この1巻の時点で早々と、三年にあがった主人公の様子が中心にきている。つまり限られた時間のおしまい、ちょうど高校生活の最後となるような一年が、示されているわけだ。

 序章、まだ二年生であった頃、クラスメイトたちに信頼されて、次期生徒会長に立候補することになった剛が、次のとおり述べる演説は、たぶん、『ナンバMG5』から『ナンバデッドエンド』にまたがるテーマを代弁している。〈みなさんは もし何かの理由で 学校をやめなきゃいけなくなったらって 考えたことありますか? って…そんなこと考えませんよね……あの…高校生活って長い人生のたった3年しかなくて ボクは この白百合高校での毎日が ホントに楽しくて 明日 高校生活が終わっても 後悔しないように 毎日を過ごしたいと思ってて……すいません…あの…ボクが言いたいのは 白百合高校のみんなが充実した学校生活を送れるように お手伝いできたらいいなって思います!〉。こうした表明に含まれているのは、言うまでもなく、たとえ今がいくら楽しいときであっても、永遠には続けられない、いつしか終わりはやってきてしまう、という剛自身の実感であろう。そしてそれはたしかに胸を打つ。大勢の生徒たちからの支持を得られても不思議ではあるまい。剛が生徒会長になることに対して、今やもっとも親しい友人の伍代は、〈皮肉だな…〉と危惧を抱く。なぜならば〈生徒会長なんてやってみろ アイツ ケーサツとヤクザ 1人でやってるよーなモンだぜ ぜってー どっかに無理が出る…………〉はずで、この予感が、『ナンバデッドエンド』の、剛の、今後を先取りしていることはあきらかである。しかし最初の波乱は、思いがけぬ方向からやってくる。

 ここであらためて確認しておかなければならないのは、どうして剛が、難破家の皆には、伍代と同じ市松高校に通っていると偽ってまで、自分の選んだ高校生活をまっとうしたいのか、ということだ。基本的にはとてもユーモラスにあらわされているため、表面上はなかなか感じられないのだけれども、そうした主人公の腐心には、家族関係におけるシリアスなジレンマが預けられている。しごく簡単に、親からの期待に応えなければならない、式の抑圧と指し替えてもいい。いやまあ、難破家の父ちゃんも母ちゃんも、ぜんぜん悪い人間じゃない、どころか人が好すぎるぐらいであるし、息子である剛は、彼らの愛情をちゃんと享受できている。しかしだからこそ、その存在が、重たい、ということもありうる。ヤンキー一家の人間がしゃばいふりして高校生活を送る、このような始点はコメディにほかならない。だが、そのコメディを成り立たせているのは、まちがいなく、家族関係下の普遍的な問題にほかならない。付け加えるなら、次男であって、上に兄があり、下に妹がいる、これもまた剛の立場に影響を与えている。たとえば、両親が自分たちの果たせなかった夢を託しているという意味で、高校時代に関東を制覇し、カリスマとして崇められた猛は、見事、その理想を叶えている。したがって、父ちゃんと母ちゃんは、次男にも同様の、あるいは長男のとき以上の期待をかけたい。だが、次男の希望は必ずしもそれと一致しない。じつはこれ自体が、よくあるフィクションの、エリート一家の子供が自分の生まれや育ちに苦しむていの、パロディになっているともいえる。一方、妹の吟子である。吟子の高校進学に関し、父ちゃんと母ちゃんは、剛のときのような期待をかけてはいない。期待をしていないのではない。誤解を避けるべく、換言すると、男と女では両親のなかで求めるものが違っているのだ。そうであるがゆえに彼女は、学力など馬鹿らしいとする難破家の価値観に向かい、堂々と勉強を宣言することができるのだし、じっさいに最初は無理だとされていた白百合高校に合格すれば、父ちゃんと母ちゃんは嬉しそうな顔を見せる。ヤンキーでオーライな難破家の家風は、いっけん自由で奔放に思われる。しかし本質的には、ヤンキーというポリシーに厳格であるため、封建的な性格を持ち合わせている。剛が自分の嘘を、真実を打ち明けられずにいるのは、もちろん純朴に家族の愛情を裏切りたくないからなのだが、その背景には、男の子として置かれた環境の複雑な呪縛が横たわっている。

 さて、つい先ほど触れたとおり、進学した吟子がなんと、剛と同じ白百合高校に入ってくることになった。これが、思いがけぬ方向からやってきた最初の波乱である。剛の高校生活を見た伍代の〈ぜってー どっかに無理が出る…………〉という予感は、ともすれば外敵の到来を案じている。ところが、『ナンバデッドエンド』において、まっさきに窮地をもたらすことになったのは、ほんとうに身近すぎる相手、妹の吟子だったのである。吟子は、自分の学校の、冴えない生徒会長が同性同名であっても、親しい兄と同一人物だとは間違っても信じられない。もしも同一人物であったなら、ただただ嫌悪を抱かざるをえない。ばかりか、吟子の登場は、特攻服姿の剛を「特服先生」と慕うが、それが自分の知っている先輩と同一人物だとは思わない、美術部の後輩である弥生に、もしかしたら、との疑惑を呼び起こす。このとき、家族関係と学校生活という、半径5メートルの世界だけで成り立つような、それをリアルと呼んでもいい寓話の、つまりはモラトリアムの認識にあっては、二項のクリティカルなポイントが折り重なり、さあ、おまえさんのアイデンティティがおまえさんのものならば、おまえさんはそのアイデンティティが正しいとどうやって証明するんだ、証明できるのか、熾烈な訴えを投げかける。はたして、これといかに向き合い、答える。ああ、これ、やっぱり、すげえおもしれえや。いくら語っても語り足りない。もっと語りたい気持ちの続きはまた、次巻。

 『ナンバMG5』
  18巻について→こちら
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  1話目について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
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