ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年01月10日
 『群像』2月号掲載。基本的に、メジャーであれマイナーであれ、ロックやポップのアーティストの、何かしらかの固有名が小説のなかに出てくると、結局のところ、それって作者の趣味でしかないでしょう、と白けてしまうのであったが、海猫沢めろんの『ピッグノーズDT』は、そうした趣味程度の問題が、さも重大事であるかのごとく受け取られかねない時代を、逆手にとった内容であって、その点に関しては、さほど白けるということはなかった。たとえば語り手である〈オレ〉は、MOSAIC.NAVからUNDER17からSound Horizonから初音ミクからアイマスから、RADWINPSからマキシマムザホルモンからELLEGARDENから9mm Parabellum Bulletから、NirvanaからDinosaur jr.からPixiesからFoo FightersからFrank BlackからSONIC YOUTHからNeil YoungからSteve AlbiniからMy Bloody BarentineからThe Flaming Lipsから、相対性理論からGOOD DOG HAPPY MANからcruyff in the bedroomからSyrup 16gからART-SCHOOLから、ナイトメアからディルからムックからプラトゥリからZi÷KillからD’ERLANGERから(以上、すべては作中の表記に従った)、まあジャンルはさまざまであるけれども、それぞれにおいて正しく半可通が好みそうなあれこれの名前を、ヒカリさんという、安っぽいメロドラマみたいな出会い方をした女性と共有することで、中学生の段階でフリーズしたかのような自意識のまま、恋愛の気分になっていく。『ピッグノーズDT』とは、要するに、豚っ鼻の童貞の、秋の16歳の、物語である。中卒で、田舎から出てきたはいいが、ぶさいくでも平気で雇う場末のホストクラブで働くぐらいしか、能のない〈オレ〉の生活も内面も、ろくなもんじゃないが、そのろくなもんじゃないさ加減が、よく出ており、それをリアリティや批評性と言い換えても通じそうであるし、性差をからめた構造上のどこかから意味深な部分を見つけてもよさげであるため、いかにも今ふうにドラマティックでございといった展開のなかに、ぎりぎり、白けるか白けないかの、おかしさ、手応えが生まれている。

 『オフェーリアの裏庭』について→こちら
 『零式』について→こちら
 『左巻キ式 ラストリゾート』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(09年)
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