ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年01月09日
 破道の門 1 (1) (ヤングマガジンコミックス)

 高校を中退し、極道になるべく、夕張から札幌へ向かった少年は、そこで〈なぜヤクザになりたい? いまやヤクザなんて3K稼業だぞ〉と尋ねられ、こう、自らの意志を答えるのだった。〈ダサくてもいいんです 金もいりません 俺はただ……外国の奴らと戦争したいだけなんです……〉。たとえば、かつて立原あゆみの作品では、アメリカの裏社会は中国系のマフィアが幅をきかせているが普通なのに、日本の裏社会は同じようになっていかない、比べて人数も規模も小さいはずの日本のヤクザにそれを許さないだけのポテンシャルがあるのはなぜか、ということに対して、この国ならではの仁義の強さがあるからだとされており、たとえば、かつて武論尊(史村翔)と池上遼一の『サンクチュアリ』や『HEAT』では、敗戦から立ち直るなかで培われたプライドと教育とが、ロシアや中国のマフィアによる暴力の脅威から、この国の弱者を守るのに必要だとされていたわけだけれども、そうしたすべては、結局のところ、じょじょに失われていってしまうのだろう、との危機感に基づき、発想されたものであった。もちろん、そのとき、ヤクザはある種の喩えでしかない。そして時代はくだった。東元俊也という若い世代の『破道の門』はまさしく、仁義もプライドも教育もすでに地に落ちた場所で、血みどろの幕を開いたヤクザ・マンガである。外国人ギャングに家族を破滅させられ、17歳の身で天涯孤独となった藤沢ケンジは、極道になり、復讐のための力を手に入れることを誓う。だが、暴対法が施行されて以来、日本のヤクザは衰退の一途を辿るのみ。それでも他にすがる道のないケンジは、擬装破門で司法の目を欺いてまで、極道を貫こうとする四代目極門組、九条英治と出会う。作品の舞台、北海道、夜の札幌は、ロシアのマフィアが、ヤクザをおそれず、暗躍する世界となってしまっている。それはたんに裏の社会の顔が変わったことを意味しない。日本的な感性に守られていたものが壊されていく風景としてあらわされている。外国人のギャングを引き連れ、好き勝手にやっているチンピラが〈こいつらは俺のシンユー 自称外国人留学生なんだわ 日本のいいところ聞かれて困っちゃってよ なんて答えればいい? この国のいいところを答えるのは それを知ってる日本人を探すのと同じくらいムズカシイ‥‥〉と述べる場面が、これ、元ネタあるよね、でもまあしかし印象的である。そのような、なし崩しの状況において、日本的な秩序の、もはや数少ない防波堤の役割に回されているのが、九条の率いる四代目極門組、破門組であって、そこに加わったケンジの、外国人に何もかもを奪われた憎しみと、男を磨くとでもいうべき成長とが、ストーリーの主軸をなしている。ところで『スヌーザー』誌の09年2月号の、野田努との対談連載で田中宗一郎が〈この前、『ヤング・マガジン』に載ってるヤクザ漫画読んでたんだけど、そん中で、ヤクザの一人がMDMAを食うシーンがあってさ。Eを4錠口に入れた瞬間に、いきなりシャキーンとなるって表現があるわけ。あり得ないじゃん(略)あり得ないんだけど、そういう無知が普通にまかり通っててさ〉といっているのは、この『破道の門』のことだろうか。それがリアリズムとして正確か不正確かはともかく、マンガ表現ではわりと標準的なデフォルメでもあるので、やや的を外した批判にも思われるし、ある種のデフォルメがリアリズムのように受け取られてしまいかねない、錯誤の可能性を指しているのであれば、どうでもよさげな与太話に持ち出すことでもなかった、というのは余談である。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | マンガ(09年)
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『 ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ』 野田 努 (著)
Excerpt: ディスコ以降のブラックミュージックの歴史。黒人とアメリカ社会の変容をふまえつつ、
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