ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年01月03日
 小川とゆかいな斎藤たち 6 (6) (講談社コミックスなかよし)

 茶匡の『小川とゆかいな斎藤たち』を読んでいると、子供に向けられたギャグ・マンガは、これぐらいざっくばらんでいいし、結局のところ深く考えないで済むのがいいのだ、という感じになってくる。すくなくとも作品の魅力は、少女マンガにさもありなんというシチュエーションの数々を、ほとんど考えなしであるような手つきでレンタルしてきながら、徹底的に無化してしまう、そのくだけっぷりにある。鈍くさい性格のせいで、いつも損な役回りになってしまう小川と、それぞれが空気の読めないタイプであるため、周囲からは特異な目で見られるなか、小川だけが分け隔てなく付き合ってくれるのを友情と感じ、彼女を何とかしてやりたいとがんばる、仲良、保茂、大喜の、三人の斎藤性の中学生男子たちの、傍迷惑を省みない、賑やかなどたばた劇は、この6巻も相変わらず、である。というか、よくここまで続いているなあ、と、そんな気もしてくるのは、いや、悪口ではなく、毎回毎回、お話のパターンをお約束でまとめていれば、ふつう、テンションのダウンがどこかしら見えてきてしまうものであり、それに比例し、真面目ぶってシリアスな部分が出てきてもよさそうなのものなのだけれども、このマンガの場合、そういったナイーヴさが、あたかも根本のレベルで拒否されているみたいな、まったくの反情緒性に貫かれている。そしてそれが反対に、純粋で無垢な振る舞いであるようにも思われるのだった。だいいち、どたばた劇の結果、積み重ねにおいて、登場人物たちの欠点が改善されるということもなく、けれどもその、まるででたらめのごとく生きている様子が、せいせいとしているのである。なぜか。それはたぶん、人がいったん知識を得てしまったなら、もうそこからは逃れられないというのは、数々の寓話や経験則が教えてくれるとおりだとしたら、『小川とゆかいな斎藤たち』には、それ以前の段階が、正しくレアな状態のまま備わっているから、だろう。

 1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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