ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年12月13日
 現在、泉谷あゆみ(脚本・田畑由秋、作監・余湖裕輝)が手がけている『ウルフガイ』は、平井和正の原作にアレンジを加え、学園バトル・ロマンに特化するかたちでマンガ化した作品だといえる。米沢嘉博は、『戦後SFマンガ史』のなかで、70年代終盤には〈SF小説を原作に求めた劇画、マンガも多く現れていた〉けれど、言葉と絵の表現上における制約の違いのためか、〈それらのほとんどは、原作の面白さをマンガとして表すことができず、逆に活劇に徹したものの方が原作の面白さを越えることがあった〉といっており、ある種の困難のあらわれと見ているが、しかし、そうしたSF小説家のアイディアから、とりわけアクションの要素を引き出し、あらためて少年の日常と非日常、少年の健全性と不良性、そして少年の意志と姿を託すことで、物語を構築もしくは再構築していく試みは、その後のマンガ史において、さまざまな影響を受けながら、独自の領域をも確保し続けてきたのである。たとえば90年代には、菊池秀行がマンガ用に原作を提供した、細馬信一の『魔界学園』があった。この、半村良の『妖星伝』を設定協力にクレジットする、桑原真也の『ラセンバナ(螺旋花)』もまた、『ウルフガイ』や『魔界学園』と同様に、SFあるいは伝奇的なファクターを手がかりに、学生たちの血なまぐさい抗争を大胆に描いている。なかでも『ラセンバナ』がユニークなのは、桑原が前作『R-16』で培ったヤンキー・マンガ的なイディオムが、ふんだんに取り入れられていることだと思う。

 春とまどかの剣(はばき)姉弟は、当人たちの与り知らぬ理由により、私立蘭武高校(通称ラブ高)の主流派チーム「鬼道」から狙われてしまう。拉致されたまどかを救うべく、奔走する春が、無勢に多勢の窮地に困惑するとき、助けに現れたのは、かつての親友、四騎森リョオであった。〈剣 春の敵は オレの敵だ〉と嘯くリョオの協力を得、春は囚われたまどかのもとへ向かう。一方、何も知らないまどかは、じつは「鬼道」のリーダーである鬼道逞馬と裏で繋がる学校の理事長から、〈君は「鍵」なんだよ 30年間 わたしが 探し続けた「宝」……「黄金城」を見つける為のね……〉と告げられる。以上がこの2巻の導入である。たしかに、春の身に突如として起こる異変や、登場人物のセリフに秘密めかされた謎など、奇々怪々な諸事情の数々こそが、ストーリーを駆動させるキーにほかならない。けれども、現段階では、心に葛藤を抱えた少年たちが繰り広げる不良ヴァイオレンスによって、展開のダイナミズムは担われている。とくに春とリョオの交わす友情に滾るものがある。リョオを巻き込むことを良しとしない春が〈これはオレの喧嘩だ――ってゆっといたよな? リョオ……〉と言う。これに答えてリョオは〈自分 一人で背負い込もーなんて思い上がってんじゃねェーよ……オマエの背中は いつだって オレが預かんよ 春ゥ……〉と言う。こうした二人の繋がりの前に、いよいよ猟奇的な本性を剥き出しにしてきた「鬼道」が立ち塞がる。

 1巻について→こちら

・その他桑原真也に関する文章
 『[R-16]』(原作・佐木飛朗斗)12巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/111155567