
わくわくするというの喜ばしいことだ。当然、それを与えてくれるものも喜ばしい。「アル・ヴァジャイヴ戦記」編に入ってからの、島田荘司『Classical Fantasy Within』はちょうどそんな感じ、だと思う。いよいよ、祖国サラディーンを救うべく旅立った主人公ショーン・マスードたちの試練も、終盤に入る。しかし、さらなる難関が彼らの前に立ちはだかる。はたしてそれを突破できるか、試行錯誤する作中人物にならい、読み手であるこちらの関心も、ぐんぐん高まる。『Classical Fantasy Within 第六話 アル・ヴァジャイヴ戦記 ポルタトーリの壺』である。これまでの道程により、パーティに女性が一人二人と加わって、ときにはショーンをめぐり焼き餅合戦をやらかしたり、道行きが華やかになるのはいいが、千騎の精鋭が十数騎にまで脱落する苛酷さにおいて、さすがにそれはちょっとどうなのよ、シビアさが足りないんじゃない、と、なりかねない懸念を先取りし、あらかじめすべてがさだめられた(仕組まれた)物語であるかのよう、演出する手腕が発揮されているので、攪乱される。たとえば次のような場面、あとから勝手についてきた踊り子のサミラが主人公に向かい、「ショーン、女を邪険にしない方がいいわよ。あなたはこの先で、きっと女に助けられるわ」と述べていることが、じっさいそのとおりになっていく。そうした展開はしかし、ご都合主義ではなく、いや、ご都合主義というのが、作中人物たちの生存に融通を利かせたものであるならば、ここでのくだりは、むしろ作中人物たちが決して物語の制約からは自由になれない事実を、暗示しているみたいだ。そう、もしかしたら、ロール・プレイング・ゲームふうの世界観は、テーブルトーク的な(物語消費的と言い換えてもよい)それではなくて、コンピュータ的な(データベース的と言い換えてもよい)それに由来しているのではないか。そうして、システム全体が読み手の視野に入る活劇として構築されているのではないか、とさえ感じられてくる。あるいは、そこにこそ、ミステリのジャンルでさまざまなトリックを駆使してきた作者のセンスが、生きているのだろう。壮絶に繰り広げられるスリルとサヴァイバルは、手段であり過程であり、巨大なスケールであらわされる目的の遂行は、クイズとパズルの形式に収まる。ポルタトーリの壷に与えられた難問をかけ、神のつくりし塔の上に立った一行は、ついに世界の救済へ至るためのヒントを得る。「俺たちは今からこれを使って、急いで謎を解かなくてはならない」と言う。だが、解かれるべき謎の全容は、作中の彼らのみか、作外の我々にもまだ知れない。ええ、なになに、何がいったいどうなるの。わくわくするね。
『Classical Fantasy Within 第五話 アル・ヴァジャイヴ戦記 ヒュッレム姫の救出』について→こちら
『Classical Fantasy Within 第四話 アル・ヴァジャイヴ戦記 決死の千騎行』について→こちら
『Classical Fantasy Within 第三話 火を噴く龍』について→こちら
『Classical Fantasy Within 第二話 怪力光線砲』について→こちら
『Classical Fantasy Within 第一話 ロケット戦闘機「秋水」』について→こちら

発売後すぐさま読破して、感想書いているのは、森田さんと私くらいではないですかね?
正方形の謎、頭から煙が噴出するまで考えて、解けてしまいました。(やや自慢?)
来月は、中東編の最終回ということで、どういう結末になるのか、本当に楽しみです。