ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年11月22日
 両親がパチンコに熱中しているすき、駐車場の車中に残された赤ん坊は、熱さのあまり、死のうとしている。それを見つけ、助けだした第三者が、誘拐犯と間違えられ、立場を悪くする。これは立原あゆみのマンガにお馴染みのパターンだといえる。しかし、ついにこの『極道の食卓』は7巻で、作者は助けられたはずの赤ん坊を殺してしまう。いや、作中のレベルで見るなら、赤ん坊を殺したのは両親の傲慢さであり、最初の段階でそれを見抜き、対処することのできなかった社会であり、法である。たしかに、ヤクザの組長である久慈雷蔵の言葉を信じられなかったのは仕方がないとはいえ、もうすこし警察もやりようがあった。と、ここで思い出されるのは、やはり、同作者の過去作『本気!II』5巻における本気の、〈日本の法が正しかった事など 歴史上 一度もねえんだよ!〉という啖呵だろう。なぜこの言葉が思い出されるのか。『本気!II』の5巻を読み返されたい。そこで扱われているのも、置き去りにされた赤ん坊を助けようとしたはずの行いが、警察に追われるという皮肉である。そう、そしてすぐさま気づくとおり、久慈雷蔵の場合と同じく、それは「PACHIKO NEWジャック」の駐車場で起こっている。つうか、背景、完全に使い回しじゃねえか。まあ、それはさておき。『本気!II』では、結果的に赤ん坊をさらってしまった少年たちが、警察である石神に庇われたので、すべてが丸く収まるかっこうになっている。赤ん坊は死なずに済んだ。少年たちが逃げ回っているあいだの時間が、母親に親の心を取り戻させている。同僚たちに咎を受ける石神が〈提訴でも何でもせいよ! この悪代官!〉とうなり、少年たちと赤ん坊のため〈でてこおい! オレが守ったる!〉と全力を尽くす姿が、印象的である。これに対し、『極道の食卓』では、そのような善意は警察の内部になくなっている。カニと呼ばれる刑事がカツ丼をむさぼり食うくだりは、利権への執着の、矮小化された表現だと考えられる(余談になるけれども、そのような警察内部の善意をあらためて問うているのが、現在作者が同時に手がける『ポリ公』だといえる)。かくして誰も、両親が親の心を取り戻すまでの時間を稼げず、赤ん坊は亡くなってしまう。『本気!II』の5巻と『極道の食卓』の8巻には7年の隔たりがある。だが、その間、赤ん坊をパチンコの駐車場で死なせてしまう、同様の事件が現実の世界に起き続けていることが、今回、こうした残酷な結末を描かせているのだ、と思う。
 
 6巻について→こちら
 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 3巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら
 
・その他立原あゆみに関する文章
 『恋愛』
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『本気![文庫版]』
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  1・2巻について→こちら
 『ポリ公』
  4巻について→こちら
  2巻について→こちら
 『仁義S』
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら 
  3巻について→こちら
 『月の教室』について→こちら
 『喰人』1巻について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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