ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年11月22日
 本筋には直接関係のないあたりで、『ポリ公』の凉二が、ゲストで顔を出してるな。こういうのもまた、ファンにとってたのしみの一つではある。立原あゆみの『恋愛(いたずら)』も3巻に入るが、兄貴分を殺された主人公のジミーによる復讐譚としては、以前にも書いたとおり、おい、これ、『弱虫』や『東京』の焼き直しじゃねえか、と思わせる面がありながらも、大規模な組織戦に持ち込まず、孤独で非情なヒットマンの裏の顔、つまり人間らしい面を描き出しながら、それがどこへどう転がるのか、先の見えない展開を繰り出しているのは、さすがである。もちろん、どれだけイケイケのヤクザであろうと、病床に臥す女性に対しては無力にならざるをえない、というのも、まあ、この作者にしたら二番煎じ三番煎じのパターンには違いないのだけれど、別れのときが先延ばされ、そして近づいてくる予感のなかに、静かな悲哀を含ませていく手つきからは、やはり、凡百ではない、すぐれたものが伝わってくる。そうしたパートと同時進行する、単発で区切られたエピソードに関しては、第22話(二十二曲目)の「さらば青春」の、こういうところがとくに良かった。作品の舞台となっているバー「いたずら」のカウンターで、一組のカップルが揉めている。ちんぴらふうの男が、女に子供を堕ろすよう、説得している。女が去り、店に残った男に、ワキで話を耳にしていた常連の娼婦たちが、嫌な顔をし、絡んでくるのである。彼女たちに向かって、男は〈だから何です オレがオレの子を堕ろしてどこが悪いんです!?〉と言う。ここには男の、自分以外の人間をいたわる気のない、そういう傲慢さがよく出ているだろう。これに、かっ、っとした「いたずら」の店員、千春は〈私があなたのお母さんだったら 私はあなたを産んであげません!〉と一蹴する。そしてその声は、「いたずら」の用心棒であり、駆けつけたジミーの心に、次のように届くのである。〈かあさんはやくざなんか産むつもりはなかった 今のオレを知ったら 千春ちゃんがオレが店に入った時に叫んだという言葉と同じ言葉を言うのでしょう〉。自分から進んで自分が救われない生き方を、どうしてか、選んでしまう人間がいる。当人がそれを気づいている場合もあれば、気づかないままの場合もある。どちらが不幸なのかは知れない。いや、どちらもすでに不幸なのだ。千春の言葉は、憐れみよりも激しく厳しい感情で、それを告発している。

 2巻について→こちら
 1巻について→こちら
 
・その他立原あゆみに関する文章
 『本気![文庫版]』
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  1・2巻について→こちら
 『ポリ公』
  4巻について→こちら
  2巻について→こちら
 『極道の食卓』
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『仁義S』
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら 
  3巻について→こちら
 『月の教室』について→こちら
 『喰人』1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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