ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2004年11月22日
 新書。題名に入門とあるが、けっしてハウ・トゥ本などではない。むしろ逆である。これを読んでなお評論家になりたいという人は、よほど読解能力がないか、それとも多くを犠牲にしても志すほどに強い意志があるのだろう。小谷野敦が、ここでいっている評論とは〈あくまで、カネになる文章のこと〉であるが、しかし、いわゆるライターではなくて、評論家というのは、おそらく単著を出せるだけの知名度または実力を持った者を指している。要するに、そこへ辿り着くまでの過酷な道程が、小谷野の個人的な体験を踏まえ、延々と綴られているのである。

 いや、しかし、これはおもしろい。内容的には『恋愛の超克』のコンパクトなヴァージョンのように感じられた。ひじょうに攻撃的であり、スリリングであり、歯に衣着せない小谷野節が、ここ最近のもののなかでは、いちばん冴えている。ただし全体的には薄口であるので、僕がそう思えるのは、小谷野のものはほとんど読んでいるというのと、ここで取り上げられている対象のものもある程度は読んでいるというのがあるかもしれない。しつこく「命題」の使い方を説いているのを読んで、うひゃあまだ言ってるよ、という部分が楽しいし、売春否定肯定の件で、松沢呉一とのことはまだ小谷野のなかで決着がついてないんだな、っていうのが問題の根の深さを感じさせるし、柄谷行人『日本近代文学の起源』への言及は、柄谷のキャリア(あるいはポスト・モダンというもの)を知らなければ、その醍醐味は半減してしまうだろう。
 
 それと、これは個人的に思うのだが、小谷野の論争はやっぱりリアル・タイムで読むに限る。この本のなかでは、岸田秀や宮崎哲弥はあまり良く書かれていないが、ずっと以前の小谷野は、岸田の説を援用することがあったし、宮崎についてはたしか同世代のなかではもっとも理解できる論客だ、みたいなことを言っていたはずである。そこら辺の評価が翻った経緯も軽く書かれてはいるのだが、じつはそうした経緯の最中でみせる執拗さこそが、小谷野敦という評論家の真骨頂なのである。

 『俺も女を泣かせてみたい』についての文章は→こちら
 『すばらしき愚民社会』についての文章は→こちら 
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書。
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