ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年12月22日
 僕等がいた 9 (9)

 もちろん当然のように、永遠という時間は経験したことがないが、それでも永遠の愛はあるかどうかと尋ねられたならば、あるよ、と答えるのが僕のスタンスである。永遠の愛というのは、ちょっとね、過剰だとしたら、ずうっと変わらない想い、と言い換えてもオーケーである。一途っていうのは、けっして人の気持ちを試したりしなければ、すげえ良いものだと思うぜ、という心持ちなのであった。小畑友紀『僕等がいた』に関しては、前巻のラストが、ある意味では劇的なのかもしれないけれど、どうも個人的には、あーあ、といった感じであったのだが、この9巻の時点から振り返ると、いやいや、いいじゃないか、切なさ倍増計画の一部としてジャストである。遠距離恋愛を約束し、東京に引っ越してゆく矢野を見送った七美であったが、それから5年の月日が流れても、ふたりが再会することはなかった。別れの日から半年後に、矢野からの連絡は途切れた。大学入学と同時に上京した七美は、結局のところ、彼の足取りを掴むことができなかった。そして、いま七美は大学4年の季節を、就職活動で忙しなく過ごす。その速く流れる毎日のなかにあっても、矢野のことを忘れることはなかった。〈数年も経てば気持ちも変わる〉〈そう この5年で私が学んだこと〉〈人の気持ちは変わる〉〈ただひとり〉〈私をのぞいては〉。今日も線路の向こうに消えた矢野の面影が浮かぶ。そんな七美も悲しいが、七美が矢野を想い続ける5年間、同じように、彼女のことを見守り続ける竹内も悲しい。多くの場合、純粋さは、日々の経過に洗われて、過去になる。かつてあったものになる。それは悪いことじゃない。むしろ自然という意味合いでは正しさだろう。そうすることで、ふいに、目の前のラッキーが輝き出すこともありえた。だけど、そんなこともあるのか、と、心に折り合いがつかないとき、騙し騙しでやり過ごすことのほうが、つらいときだってある。自分の気持ちに忠実であることが、ぜったいに幸福だとは限らない。でも、未来は可変である以上、その先に何が待っているのかを誰も知らない、間違いだと断定できるはずもなかった。ところで矢野はいったいどこへ行ったのか、いま何をしているのか。その動向は次巻以降、明らかになる模様であり、そこへと繋いでいく、この巻の場面構成には目を瞠るものがある。間のとり方がいい。

 8巻についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(2) | マンガ。
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僕等がいた (9) 小畑友紀
Excerpt: "幾度でも君に出逢うよ 幾度でも君にだまされる うんざりするくらい君とやり直し 嫌になるまで君と不幸に落ちる 道化にも 馬鹿者にも 犬にも 誇りも 冷静さも すべて捨てて 何もい
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小畑 友紀(おばた ゆうき)
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