ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年11月05日
 キミタカの当破! 1 (1) (ライバルコミックス)

 どんな逆境にも抗い、立ち向かっていく意志を肯定すること、そうそう、これが少年マンガの良さなんだよな、と思う。キミタカ・ホワイトはヨーロッパA国の公爵と日本人のあいだに産まれた貴公子であったが、貴族の上流社会とは合わない内気な性格のため、家族とは離れ、母方の祖国である逢来町の古い屋敷に、執事とともに移り住んできた。しかし新しい暮らしも、学校では友達ができず、金欲しさの不良たちから目を付けられたり、決して幸福とはいえない。つらいときに思い出されるのは、指を拳のなかに握って耐えなければならないという、執事の教えであった。だが〈私はずっと耐えるだけで…後は何でも大人が解決してくれるのか? 私はそうやって大人になるのか!?〉と、こうしたフラストレーションに苛まれてもいる。果たしてキミタカは、学校の屋上で出会った同級生の真雛久遠の、その強さに興味を引かれたことから、自らが拳の振るわれる先を空手のなかに見出していく。以上が、金田達也の『キミタカの当破!(アテハ)』の1巻において示されている概要だけれども、いやあ、最初に述べたとおり、こいつはまさしく少年マンガの真髄をたっぷりと味わえる作品ではないかな。何よりもまず、主人公の造形がいい。あらかじめ欠如を抱えてはいるが、そうした欠如を表現するにあたり、わざわざネガティヴさばかりを強調してはいない。欠如を埋めるのに相応しい資質をも同時に兼ね揃えていることが、彼の言葉や行動によって、しっかりとプレゼンテーションされている。困難にも指を握って堪えるという仕草が、やはり、最大の特徴であろう。キミタカにとって、じっと握力のたくわえられた拳は、悲しみや悔しさに心を奪われまいとする切実さの裏返しである。こうして養われた資質が、空手との接近を通じ、開花の機会を得る。ただまっすぐな視線をまっすぐなまま据えていてもよいような精神の逞しさを芽生えさせる。導入のつくり、そしてそこから繋げられていく展開に、奇を衒ったところはないものの、むしろ王道であることにひるまず、丁寧に設定とストーリーとを練り上げているのがわかるぐらい、一個一個の構図や台詞回しが頼もしく、じつに頼もしく決まっている。もちろん、久遠を含めワキを支える登場人物たちの存在も、たいへんよく生きている。たしかに出自が出自であるがゆえに、どうしても藤田和日郎や雷句誠の作風を彷彿とさせる部分も少なくはない。にもかかわらず、それをまったくのネックとしてないところに、作者の実力が感じられる。物語が進むにつれ、本格的な空手マンガに発展する内容に違いないが、キミタカの屋敷にかけられた家族の肖像など、もしかしたら伏線かな、と思える箇所もあちこちに散りばめられており、この時点で十分、たんに格闘技の題材化されたエンターテイメント以上に見所は多い。

 『あやかし堂のホウライ』(藤田和日郎・原案)
  3巻について→こちら
  1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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