ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年12月21日
 打撃王凛 5 (5)

 いま、もっともホットなジャンルといえば、野球マンガなのではないか、と思う。マンガ評論家の米沢嘉博は新書『戦後野球マンガ史』(02年)において、当時のサッカー・ワールド・カップの熱狂を例にとり、野球人気の衰退とともに野球マンガも没落するかもしれない、と憂いてみせたが、それよりも深刻なのはサッカー・マンガの現状であることは言うまでもない。ちなみに僕は、実スポーツとしての野球にもサッカーにも、ぜんぜん興味がないのであって、そのように考えると、スポーツを好きな人間しかスポーツ系のマンガ(物語)を読まないというのは、ある種の偏った認識になるわけだ。もちろん世のなかでは、そうした偏りこそが、真である可能性もあるのだけれども、しごく当然のことや決まり文句しか喋れないのであるならば、さいしょから黙っていればいいだけの話だろう。ま、いいや。話を戻そう。そうそう、それで、だ。野球マンガがホットなのである。たとえば『おおきく振りかぶって』は言うに及ばず、コージィ城倉関連の作品は当面どれもナイスで、もちろんあだち充の『クロスゲーム』は流石だし、そのほかにも注目作が目白押しなのであるが、そのなかでも僕などはとくに、いわさわ正泰『野球しようぜ!』と、この佐野隆『打撃王 凜』をリコメンドしたい盛りなのであった。いやあ、あたらしい5巻目も大変よろしい。前巻の段階において、僕は、天才対凡人という見積もりを立てたのだけれども、それは浅はかすぎたか、ずばーん、と真っ正面から抜かれていってしまった。主人公である凜の奮闘によって、じょじょに盛り上がる緑南シニアは、大会2回戦、剛腕投手として知られる稲葉の率いる浜松中央シニアとぶつかる。まっすぐな性格の持ち主であり何よりも協調性を貴ぶ凜と、人を見下し自己中心的に恐怖政治でチームをまとめる稲葉、〈容姿といい 人当たりといい まるで正反対〉なふたりであったが、野球を必要とするその本質は〈全くの似た者同士〉であった。グラウンドの上だけが、ただ自分の居場所として信じるに値した。当初は、冷酷に嫌な奴すぎて、共感度ゼロの稲葉であったけれども、凜との対決において、ようやく露わになる、その孤独の在り方に、心を許せるようになる。〈最初っからココには僕の居場所なんて無かったんだから・・・〉といえば、まあネガティヴにステレオタイプな内面ではある。だが、それ自体がアイデンティティとして機能しているのではなくて、その非生産性を裏返そうとする、そういう姿形が、いい。結局のところ、稲葉が救われるきっかけとなるのは凜の直向きさであるわけなのだけれども、地獄そのものに結着をつけるのは、稲葉本人の、自己憐憫を良しとはしない態度によるものである。つうかさ、ここ最近、マンガ表現において、少年期というのはトラウマ(あるいは消えない傷、嫌な思い出)生成のために設けられるケースが多い気がする。リアリティのつもりなんだろうか。気が利いていると思っているんだろうか。くっだらない。そうした苦難を乗り越えてゆくような、そういう少年時代があったっていいだろう。この野球マンガのなかの少年たちは、とりわけ健気に成長していくようで、けっして挫けることのない足取りに僕は、思わず涙がほろり、としてしまうのだった。

 4巻についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(1) | TrackBack(0) | マンガ。
この記事へのコメント
佐野隆くんを応援ありがとう

佐野くんのお父さんは心配して息子の作品を読んでます
Posted by sadakun_d at 2009年03月06日 17:37
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