ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年10月23日
 ゼロセン 1 (1) (少年マガジンコミックス)

 硬派といい、軟派という。しかし今や、こうした二項対立の図式に、どれだけの意味があるだろう。すでに硬派の有効性は疑わしいものになっており、それに比例し、わざわざ軟派のレッテルを貼ってみせるのも詮なきことになっている。というのは、過去にも何度か書いてきたことであるけれども、まあ、日本男児であるとか大和魂であるとか、望みもしない生き方を強要することのない社会は十分にアリ、ではあるものの、明確な指向性を持たない自堕落なマッチョイズムが、逃れようもなく強化されてきてしまっている感覚をときおり受けるのは、おそらく、この国のアメリカナイズが中途半端になってしまっている現実と不可分であり、つまり、郊外的だとかヤンキー的だとか呼ばれるそれとパラレルな傾向でもあると考えられる。

 不良少年の青春を扱った『今日から俺は!!』で知られる西森博之は、『甘く危険なナンパ刑事』の頃より、一貫して硬派の存在を扱ってきたといえるマンガ家だが、その西森が『天使な小生意気』でジェンダーの領域に踏み込んだのち、『道士郎でござる』では、侍や武士の、要するに近代以前の男子精神に傾倒する主人公を現代に持ってき、その復興やリバイバルというのではなく、現代社会に対するカウンターとしてあててみせ、続く『お茶にごす。』においては、茶道をテーマに、性差の垣根を意識しつつ、同質の、さらに進んだ表現を果たそうとしているのは、じつに印象的である。

 ところで本題は、やはり、90年代に『カメレオン』というヤンキー・マンガで鳴らした加瀬あつしが、現在取り組んでいる『ゼロセン』の1巻になるわけだけれど、このマンガにも、ある意味、硬派の原石をカウンター式に採用することで、今日における自堕落なマッチョイズムの潮流をチェックしようとしているところがある。六十五年ものあいだ、氷漬けにされていた海軍航空隊のエース旭が、歳をとらぬまま現代に蘇り、この国のたいへん様変わりした光景を憂い、最悪の不良中学校の教師として、札付きの悪童たちと対決する、というのが、だいたいのストーリーだが、六十五年前、旭が軍人として生きていた戦中というのは、当然、戦後よりも戦前に近しい価値観の時代だろう。それが法度として士道として、彼の受け持った私立松本学園中学のZ組に持ち込まれる。教壇に立った旭は、反抗的な生徒たちに向かい、〈士道とはサムライの道 言ってみりゃ 男の道だ! 男としてのヒキョーな振るまいをZ組では一切禁ずる!!〉と言うのだった。

 第二次世界大戦時の日本人という、シリアスに考えれば、ちょっと厄介な問題を孕む主人公ではあるけれども、下ネタもふんだんに、メジャーなサブ・カルチャーを適当にパロディ化することのできる、この作者ならではのセンスによって、ひとまず、エンターテイメントのおかしさにあふれた、教師びんびん物語の幕を開けている。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック