ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年10月16日
 The Glass Passenger

 かつて、SOMETHING CORPORATEというバンドで、ピアノの軽快なポップ・ソング「PUNK ROCK PRINCESS」というナンバーで〈君が僕のパンク・ロック・プリンセスになってくれたら / 僕は君のガレージ・バンド・キングになってあげる(田村亜紀・訳)〉と歌い、ピアノの壮大なバラード「KONSTANTINE」というナンバーで〈僕には夢があった / ギターを弾けるようになって / この国中を旅して回り / ロック・スターになるんだって / そこへ君も一緒に連れて行けるかもって望みを抱いていた / けど残念ながら君はあまりにも若くて(略)僕は君のスターじゃない / 君はそう言わなかったっけ / この曲にはそういう意味が込められてると君は思ったって(田村亜紀・訳)〉と歌った青年が、このJACK'S MANNEQUIN(ジャックス・マネキン)のセカンド・アルバム『THE GLASS PASSENGER(グラス・パッセンジャー)』の10曲目「HAMMERS AND STRINGS(A LULLABY)」で、ピアノのセンチメンタルな響きにのせて〈「(略)いまだにこの古いパンク・ロック・クラブにいると / あなたの幻が見えるのよ / ねえ 私に一曲書いて / 何か信頼できるものをちょうだいよ(略)何か信じられるものをちょうだいよ / 呼吸のひと息でもいい / そのことを書いてちょうだい / 私は目を閉じたりしないと思う / だって最近夢も見てないから / だったら眠ることになんの意味があるの? 夜になると隠れるところもないって感じなのよ」 だったら君に子守歌を書こう(沼崎敦子・訳)〉と歌えば、たとえそれらが一連なりの物語でなくとも、そりゃさまにならあ、と思いながら、そのメロディがまっすぐに力強く、抗いきれず、ぐっときてしまう。

 上記の青年とは、言うまでもなく、アンドリュー・マクマホンのことだけれども、やはり、彼の書く旋律と、そして歌声からあふれ出すイメージの、スウィートネスとトワイライトには、どうしたって心動かされるものがあるな。ある意味ではコンセプト・アルバム的であった05年の『EVERYTHING IN TRANSIT』に比べ、一個一個の楽曲におけるスケールとドラマ性がアップした印象を受ける『THE GLASS PASSENGER』には、同時代的なポップ・パンクやポップ・エモのマナーよりも、COUNTING CROWSの『RECOVERING THE SATELLITES』(96年)や、JON BON JOVIの『DESTINATION ANYWHERE』(97年)、RED HOT CHILI PEPPERSの『CALIFORNICATION』(99年)などに通じるニュアンスを感じた。すなわち、ハード・ロックの夢が終わり、パンク・ロックの夢が終わり、ニュー・ウェイヴの夢が終わり、ヘヴィ・メタルの夢が終わり、グランジの夢が終わり、時代が変わり、その跡地に残されたメロディんの結晶が、どれだけパーソナルなテーマを追おうとも、いや、あるいはパーソナルなテーマを追ううち、あたかもそれが宿命的なミームであるかのごとく、アメリカの哀愁として再生し、メロウなエモーションのなか、しなやかに逞しく鳴り響く様子である。アップ・テンポなナンバーももちろんあるし、アンドリューの奏でるピアノが、いきおいよく跳ね、ときにはダイナミックなうねりを持ちえながらも、決してアグレッシヴに盛っていかないのは、内側にパセティックな揺らぎが抱えられているためだ。しかし、そのパセティックな揺らぎが、バンドの演奏にそいながら、振幅を増すことにより、わっと熱を帯びたカタルシスをもたらす。

 『EVERYTHING IN TRANSIT』について→こちら

 アーティストのオフィシャル・サイト→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽(08年)
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