ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年10月14日
 さんざん繰り返しているけれども、すべてのヤクザの夢はヤクザをやめることでなければならない、というのが立原あゆみのヤクザ・マンガ全般における重要なテーゼである。しかしながら、どうしてもヤクザになるよりほかない人間がいる。『本気(マジ)!』でいうなら、もちろん、本気がそうであるし、たとえば、次郎がそうだろう。『本気!サンダーナ』が、『本気!番外編』、『本気!II』と続く『本気!』シリーズの(今のところ)完結編だといえるのは、本気が、長いあいだ自分の片腕として仕え、どっぷりと極道の血に染まってきた次郎を、それでも堅気の世界に戻してやりたく、ついに破門とするからでもある。いくつかの危機にさいし、本気が窮地を脱しえてきたのは、彼自身のカリスマによるところも大きいが、次郎のサポートに助けられているケースも決してすくなくはない。単純に子分ということであれば、矢印や新二のほうが古い、だが次郎は特別だとの思いが、本気にも読み手にも、ある。

 文庫版5巻には、ヤクザであるがゆえに次郎は愛した女性とともに生きられない、その別れのエピソードが含まれている。次郎の恋人の名は、美雪という。そもそも本気と次郎が出会ったのは、美雪が本気に助けられたためであった。チンピラの次郎が、本気の兄貴分である赤目の組の金を持ち逃げし、恋人の美雪が下っ端ヤクザの手込めにされそうになったところを、本気が助けたのである。これがきっかけとなり、次郎は本気を慕い、後をついてくるようになる。そのくだりが描かれている文庫版3巻を読み返されたい。命を助けられ、互いに庇い合う次郎と美雪を見つめ、本気は〈このふたりはやり直せる…ふたりそろってどこでんいける うらやましかったです……〉といっている。〈このふたりはやり直せる〉という言葉には、もはや自分とは無縁になってしまった夢を、すなわちヤクザから足を洗うという夢を、美雪といっしょの次郎なら果たしてくれるだろう、との期待が込められている。その気持ちを知っているにもかかわず、次郎が『本気!サンダーナ』のラストまで、本気にもっとも近い人物として、極道を生きてしまったのは(おそらくその後も生きるのは)、彼もまた本気と同じく、ヤクザになるよりほかない人間だったから、なのかもしれない。

 本気に〈このふたりはやり直せる〉とまで信じさせた美雪との愛が、終わりを迎えなければならなかったのも、結局のところ、次郎が、ヤクザとしての生き方を、そして何よりもヤクザである本気の傍らで生きることを、選んだためである。なぜ次郎は美雪と別れねばならなかったのか。弱点のない本気の身代わりとして、次郎の恋人である美雪が、敵対する組織にさらわれてしまい、救出することはできたものの、もしも自分といっしょにいれば、同じ場面がこれから何度も起こりうる、どれだけ彼女が平気な顔をしていたとしても傷は残る、愛しているからこそ幸福にしてやれないのがつらい。そのため、次郎は、自分がヤクザをやめることのできないかわり、せめて美雪だけは、と身を引く、堅気の男性に彼女を託す。愛しているくせに恋人への想いではヤクザをやめられない、というのは、ある意味で、我が儘な、矛盾したロジックであろう。しかし、このような自己規定の矛盾には、社会のあらゆる面に汎用可能な、一定の普遍性がある。立原が、ヤクザの世界を用い、物語化しようとしているのは、ちょうど、そうした現象下で、ときに人を正しくもさせ、誤らせもするような、エモーションのありさまだといえる。

 次郎の美雪に対するそれと同様のジレンマを、じつは本気も抱えている。久美子へ向けた純情であるほどの想いが、そうだ。久美子をどれだけ求めながら、そして相思相愛の手応えを覚えながら、自分がヤクザであるため、堅気の、しかもまだ学生である彼女には、偶然以外の理由で、指一本触れられずにいる。いや、それ以上のことは願うのも禁じている。これに関しては以前にも述べたし、またべつの機会に述べるつもりなので、そちらに譲るが、とりあえず、この文庫版5巻において、ついに久美子の病が発症する。今ふうの言葉でいうなら、難病ものとでもとれる展開が、のちのち待ち構えているわけだが、そのとき、愛する人のためにヤクザをやめるかやめられないのか、といった問題が本気の前に立ち塞がってくる。

 4巻について→こちら
 3巻について→こちら
 1・2巻について→こちら

・その他立原あゆみに関する文章
 『ポリ公』
  4巻について→こちら
  2巻について→こちら
 『極道の食卓』
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『仁義S』
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら 
  3巻について→こちら
 『恋愛』
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『月の教室』について→こちら
 『喰人』1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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