ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年09月11日
 俵家宗弖一の原作がいけないのか、じっさいにマンガをつくっている柳内大樹の料理がうまくないのか、もしかしたら両方が、なのかもしれないけれど、『ドリームキングR』に関しては、やっぱ、ちょっとね、というのが正直なところである。このことの理由は、さほど深くはないだろう。要するに、アーティストやデザイナーをギャングのように描く、それにさいしての必然があまりにも不足しているためである。たしかに不良にならざるをえない人間というのはどこにでもいる。しかし、彼らが将来ヤクザになるしかないとしたら、それは悲しい話だ。こうした問題を、高橋ヒロシは『QP』で、山本隆一郎は『GOLD』で、シリアスに突き詰めた。また立原あゆみのマンガには、すべてのヤクザの夢はヤクザをやめることでなければならない、というテーゼが明確化されている。新田たつおの『静かなるドン』の、主人公が平凡なサラリーマンを夢見るのも、同様の問題のうえに成り立っている。にもかかわず、時代も世代もくだった作品が、不良はヤクザになるしかねえじゃん、たとえ堅気の職に就こうが、なかでも憧れの横文字職業(死語かしら)に就けようが、根はヤクザじゃん、というのでは、いささか寂しい。もちろん『ドリームキングR』でとられているのは、ハロルド作石の『BECK』が、ヤクザのやり口とそう変わらないプロデューサーやギャングに等しいA & Rを、(後に改心するとしても)まったくの悪としてアピールすることにより、主人公や仲間をそのような構造に対するアンチテーゼ化しているのと、似た手法なのだと思われる。だが残念なことに、今の段階では、ぐれた兄ちゃんたちが独りよがりなイズムをのたまうだけの表現にしかなりえていない。

 1巻について→こちら

 『ドリームキング』
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら

・その他柳内大樹に関する文章
 『ギャングキング』
  14巻について→こちら
  13巻について→こちら
  12巻について→こちら
  10巻について→こちら
  9巻について→こちら
  8巻について→こちら
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
 「オヤジガリガリ」について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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