ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年08月30日
 うおおお。ひさびさに立原あゆみ、腕を振るったなあ。こういう切なさ満点のエピソードを、ときおり、さも自分の領分とばかりに出してくるから、油断がならねえんだ。不条理の集合であるような社会のなかで、懸命に生きながら、それでも薄幸にしかなれない人びとの悲しみは、いったい何によってどう救われるのか。『ポリ公』の4巻は〈この章を4人の少女に捧げます〉と述べるモノローグによって幕を開ける。まったく無関係な4人の少女が、犯罪と犯罪のあいだで偶然にも一直線上に並び、それが結果的に重罰に値する罪を裁く理由となっていく。少年たちによるオヤジ狩りや銅線泥棒、子供の重病を名目に募金を集める救う会、そして少女売春とそれを求める大人、これら現代的なトピックをふんだんに盛り込み、背景としつつ、善の論理と悪の論理とが接戦させられている。4人の少女のうち、鶴という名の子はまだ幼く、健康に生きられるには渡米しての手術を必要としている。そのために設立されたNPO法人ユニコーンは募金を行うが、しかし母親は代表に金をせびり、パチンコに入り浸っている。4人の少女のうち、夏海はたまたま夜の街に放り出されている鶴を保護した売春婦で、主人公の刑事といちばん最初に関わりを持ち、やがていくつかの縁を一点に結びつける。4人の少女のうち、織絵についてはネタを割ってしまうおそれがあるから、ここでは触れずにおく。4人の少女のうち、マリアは風俗につとめ、オヤジ狩りをする不良少年たちと繋がりを持っている。マリアが金を稼ぐのは、見ず知らずの少女が心臓移植をしなければならないことを知り、心を痛め、すこしでも助けになりたいからだった。その見ず知らずの少女こそが鶴である。こうしたマリアの無償ともいえる態度に、おそらく作者は、人間性の救いとなる部分を置いている。だが、その方法自体が決して正しいとは判ぜられないので、悲劇が生まれる。立原のマンガといえば、いったいどこからどこまで前もって用意された伏線なのか、それともただの後付けなのか、一概には判断できないものが多いけれども、いやまあ、そこが魅力であるとしても、この『ポリ公』の4巻に収められたエピソードに関しては、ある程度の周到さをもって組み上げられた結構であることが如実であり、なかなかのサスペンスが味わえる。後々になって、ああ、これはこういうことだったのね、と、だいたいの納得がいく。もちろん謎解きふうの仕掛けがどうというのではない。読み手はまず、陽の当たる道を歩いているとは見なしがたい4人の少女たちが、物語において、はたしてどういう意味合いを持っているのか、気にかかる。これを入り口とし、俗世間の裏に隠された、それもまたたいへん俗っぽい真理と向き合うことになるのである。ところで『ポリ公』とは、シルバーバレットという正義の銃弾をめぐるストーリーでもあった。主人公はしかし、シルバーバレットの持つ矛盾に気づきはじめている。この点は重要であろう。法から逃れた悪を断つのがシルバーバレットの役割であるが、結局のところそれは、この国の社会を一個の組織とする構造の、不要である部分に対する尻尾切りでしかない。ともすれば不正は、不正とばれずにいるあいだ、秩序の片影を為すことがありうる。シルバーバレットはそもそも、そうした不正込みの秩序すらからも逸脱した者に向かい、人知れずくだされる制裁である以上、抑止の効果をいっさい持たず、潜在的な悪そのものを撃つこともできない。この限界がすなわち、アウトサイダー型の刑事である凉二に、不審を抱かせる。

 2巻について→こちら

・その他立原あゆみに関する文章
 『極道の食卓』
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『仁義S』
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら 
  3巻について→こちら
 『恋愛』
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『本気!』文庫版
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  1・2巻について→こちら
 『月の教室』について→こちら
 『喰人』1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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