ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年08月24日
 人はどれだけ神や運命といった観念から自由でいられるか。このような問いと戯れ、酔いしれるなら、たいへんロマンティックになれ、じっさいに答えを求めなければ、ロマンティックな気分のままでいられる。ただしそこからは、呪われ、戦い、勝とうとするような熱さ、エキサイティングな振る舞いが生まれることなどはないだろう。無責任な憂鬱ほど甘美でのどかなものはないのである。しかし、神や運命にすこしでもあらがうつもりがあるのなら、とりあえず自分が自分で自分のために勇敢であらねばならない。人は決して神や運命といった観念からは自由になれない、なれないが、なれる、と断言すること、それが岡田芽武の『聖闘士星矢G』(原作・車田正美)に、超興奮のスペクタクルをつくっているのだと思う。〈もしも…オレに兄さんを継ぐ力があるならば――一人の人間として立ち向かわなければならないはずだ!! 何者にも頼らず 大切な者の為に立ち上がり――男なら――大切な者の為に命を削る義務がある!!〉、そうして渾身の光子疾走(フォトンドライブ)を炸裂させるアイオリアであったが、やはりコイオスには届かず、漆黒刺突(エボニーレイピア)の返り討ちに遭ってしまう。そのとき、アイオリアの内であらたな力が芽吹く。出たあ、第七感覚(セブンセンシズ)だ。この〈第六感すら超えた先にある究極の力!!〉をもって、ついにアイオリアとコイオスの闘いに決着がつけられる、というのが15巻のハイライトにあたる。それまで兄アイオロスの無念に縛られていたせいで、獅子の鬣(ヘッドクロス)を拒否していたアイオリアは、完全な装備を身にし、コイオスから神々さえも滅する力「雷(ケラウノス)」を受けとると、ティターン神族蜂起の背景に隠された陰謀を聞かされるのであった。海洋神ポントスに通じるティターン十二神の裏切り者が明かされ、いよいよここに来て、主人公であるアイオリアの成長を描くとともに、物語全体もおおきく終局に向けて動き出しだぞ、といった感じである。それにしても今後のキイは、記憶の欠落したクロノスとアイオリアの従者リトスの出会い、であろうか。このへんの展開は、無垢であるような神に人間がどのような影響を与えるか、与えられるか、といった問いにも繋がっていくのだと予感される。

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posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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