ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年08月20日
 メフィスト 2008年 09月号 [雑誌]

 『メフィスト』9月号掲載。本題である西尾維新の小説『零崎人識の人間関係 匂宮出夢との関係』に触れる前に、まずはワキから話に入っていきたいのだが、斎藤環は評論集『文学の断層』で、たとえば大塚英志が提唱するライトノベルの創作術と、たとえば西尾維新がとっている執筆パターンを対比し、彼らの相違を以下のように指摘している。〈大塚英志によるキャラクター作りの技法は、ほぼ完全に隠喩型のキャラクター向けのものだ。対象物のある特徴を抽出し、その特徴を他の物語文脈に置き換えるという技法において、抽出された特徴こそが、隠喩的ジャンプを媒介するのだから(略)いっぽう、西尾維新のキャラクター作りは、この対照においては換喩的である(略)おそらく「キャラクター」と「物語」をセットで考えるには、隠喩型で発想するほうが容易で確実だろう(略)ここで重要となるのが、大塚がしばしば物語の原理として指摘する、まず欠如があってそれを埋めるための行動が描かれるという構造である。「世界」と「キャラクター」が、ともに欠如を抱えており、それを埋めていく過程が物語を駆動するというのなら、キャラクターと世界は、まさに「欠如」という中心を共有しつつ、同心円的に重ねられ得るだろう。だからこそ大塚は、あれほど「世界観」にこどわるのだ。/ しかし換喩型のキャラクターは、このような意味において「世界」と重なることがない。換喩として創造されたキャラクターをいくら並べても、そこから「世界=物語」は自動的には生まれてこない〉のだと。では西尾の技法が換喩的であるとは、どういうことだろう。今しがた引いた箇所の前のほうで斎藤は〈「人類最強の請負人」こと「哀川潤」の造形は、その語感ゆえに「だったら赤いはずだ」「男ではないな」「多分怒りっぽい」「コスプレ大好き」などの特性が、命名者である作家によって、事後的に見出されたのだった〉として、西尾のインタビューを引き、西尾が〈まず名前、すなわち固有名から決めよ、と言う。固有名が決まればあとはおのずと属性がみつかるはずだというのだ〉と述べ、〈たとえばディズニーのキャラクターは「人間」だ。つまり、「人間」なるものを隠喩的に変換(デフォルメ)することで虚構化したものだ〉が、他方〈「換喩」は対象に隣接する事物に注目する〉のであって、それこそ〈「坊主」と「袈裟」の関係、「船」と「帆」の関係は換喩的だ〉というのと同じく、西尾の技法に換喩的な発想を求めているのである。すなわち〈物語のメタレベルにこだわり続けるなら、西尾が試みていることはきわめて複雑な手続きということになるだろう。しかし私は、そうした手続きなるものがあり得るとしても、それ自体は小説が完成した後に、あくまでも事後的に見出される過程ではないかと考えている。そうでなければ「名前からはじめるキャラクター作り」といった場当たり的な手順を物語構築にはめ込む余地はない。「メタ」はあくまでも事後的に見出される。その意味で「物語のメタレベル」は存在しない、とすら言ってよい〉というわけだ。もちろん、これは斎藤の論の一部にすぎず、論旨自体はもうちょいべつのところにあるのだが、しかし、西尾の作品の成り立ちを理解するにあたって、有用な補助線として使うことができる。いわゆる「人間シリーズ」とされる、零崎兄弟をモチーフにした一連の物語は、西尾維新の作品リストにおいては、「戯言シリーズ」と呼ばれる本編の、番外編ないしサイド・ストーリーに位置づけることも可能であるけれど、「人間シリーズ」を読むかぎり、「戯言シリーズ」と世界観を共有しているというよりは、まず登場人物自体の存在が先にあって、そこから「戯言シリーズ」との接点がつくられていったのではないか、という印象を受ける。ふつう、番外編ないしサイド・ストーリーというのは、本編では語られなかった細部を埋める、もしくは本編の設定を用い、さらには補強する役目を負っていると考えられるのに対し、西尾の書く「人間シリーズ」の場合、まあ結果的に伏線を拾っているかたちになっていたとしても、そのような整合性ですら、事後的に、あるいは換喩的に、採用され、調整されているふしがある。作中で、二つ名が重要な価値を持っていたり、改名行為が決して珍しくないのも、そのためであろう。ところで斎藤は『文学の断層』でまたこうもいっている。〈「世界」は命名によって生まれ、「キャラクター」は命名によって魂を吹き込まれる。それは果たして、虚構世界だけのことなのだろうか(略)ラカンが正しく指摘する通り、言語を基礎づけるメタ言語が存在しないのと同じ意味において、「メタ世界」はあり得ない。「メタ世界らしきもの」は、あり得るとしても、それ自体が「世界」の換喩的キャラクターだ。いや、言い換えるなら、あらゆるキャラクターが「メタ世界」を内包して〉おり、〈だから私たちは、互いに「関係」を求め合いつつも、ついに「関係」を持つことができない。「戯言シリーズ」のキャラクターたちがそうであるように、だ〉と。「人間シリーズ」もおそらくは「戯言シリーズ」と同様に、斎藤がいう換喩的な発想に基づいて創作されているのではないか、というあたりはすでにつけた。『零崎人識の人間関係 匂宮出夢との関係』は、作中の言葉を借りれば〈石丸小唄がいうところの不幸せについての物語、つまりは人間関係の物語なの〉であって、前向きに換言すれば〈ひょっとしたら実ったかもしれない、小さな恋の物語だ〉ということになる。その、実らなかった恋は、しかしながら、べつの結びつきを登場人物たちに付与する。そしてそれはたしかに『零崎人識の人間関係 匂宮出夢との関係』においては、関係、と記されてはいるものの、物語内部の時系列に直すなら、この作品の後の展開である「戯言シリーズ」では、登場人物たちをプロフィールする程度の情報に止まる。要するに、彼らのスペックに回収されてしまう。まさしく属性の一つでしかないものに還元されてしまうのである。こうした変位が現実的にどういう意味を持っているのか、よりよく検討するためには「人間シリーズ」の完結編とされる「関係四部作」の、残り三作の発表を待たなければならないのかもしれない。

 『零崎曲識の人間人間』単行本について→こちら
 「零崎曲識の人間人間3 [クラッシュクラシックの面会]」について→こちら
 「零崎曲識の人間人間2[ロイヤルロイヤリティーホテルの音階]」について→こちら
 「零崎曲識の人間人間[ランドセルランドの戦い]」について→こちら

・その他西尾維新に関する文章
 『真庭語 初代真庭蝙蝠』について→こちら
 『君と僕が壊した世界』について→こちら
 『傷物語 こよみヴァンプ』について→こちら
 「そっくり」について→こちら
 『刀語 第十二話 炎刀・銃』について→こちら
 『刀語 第十一話 毒刀・鍍』について→こちら
 『刀語 第十話 誠刀・銓』について→こちら
 『刀語 第九話 王刀・鋸』について→こちら
 『刀語 第八話 微刀・釵』について→こちら
 『刀語 第七話 悪刀・鐚』について→こちら
 『刀語 第六話 双刀・鎚』について→こちら
 『刀語 第五話 賊刀・鎧』について→こちら
 『刀語 第四話 薄刀・針』について→こちら
 『刀語 第三話 千刀・ツルギ』について→こちら
 『刀語 第二話 斬刀・鈍』について→こちら
 『刀語 第一話 絶刀・鉋』について→こちら
 『不気味で素朴な囲われた世界』について→こちら
 『きみとぼくの壊れた世界』ハードカバー版について→こちら
 『新本格魔法少女りすか3』について→こちら
 『化物語(下)』について→こちら
 「栄光の仕様」について→こちら
 『xxxHOLiC アナザーホリック ランドルト環エアロゾル』について→こちら
 『DEATH NOTE アナザーノート ロサンゼルスBB連続殺人事件』について→こちら
 「するがモンキー」について→こちら
 「まよいマイマイ」について→こちら
 「ひたぎクラブ」について→こちら
 「ある果実」について→こちら
 『ネコソギラジカル(下)青色サヴァンと戯言使い』について→こちら
 『ネコソギラジカル (中) 赤き征裁VS.橙なる種』について→こちら
 『ネコソギラジカル (上) 十三階段』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――最終回「終落」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第五回「五々」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第四回「四季」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第三回「第三」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第二回「二人」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第一回「唯一」』について→こちら
 『ニンギョウがニンギョウ』について→こちら
 「コドモは悪くないククロサ」について→こちら
 「タマシイの住むコドモ」について→こちら
 「ニンギョウのタマシイ」について→こちら
 『新本格魔法少女りすか 2』について→こちら
 『新本格魔法少女りすか』について→こちら

 『ザレゴトディクショナル 戯言シリーズ用語辞典』について→こちら
 『総特集 西尾維新』ユリイカ9月臨時増刊号について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書(08年)
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西尾維新「零崎人識の人間関係 匂宮出夢との関係」
Excerpt: 西尾維新著 「零崎人識の人間関係 匂宮出夢との関係」を読む。 このフレーズにシビれた。  お金を持っていない不幸なんていうものは、所詮、人間関係が満たされてしまえば埋め合わ ...
Weblog: ご本といえばblog
Tracked: 2011-10-15 09:47
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