ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年08月13日
 近キョリ恋愛 2 (2) (KCデラックス)

 はじまりの1巻を、ヒロインの見事なインパクトで持っていった、みきもと凜の『近キョリ恋愛』だが、この2巻も、テンションを下げず、アクションとリアクションは破格だけれども内面はじつに初心な少女らしい枢木ゆにの個性を、ふんだんに生かし、コメディとロマンスのあいだを縦横無尽に行き来する。そこがまたチャーミングでもある。すったもんだがあり、イケメン教師の櫻井ハルカからプロポーズされ、周囲には秘密のまま、親睦を深めるゆにであったが、むろん、その前途が受難に満ちていることに変わりはなく、ここではゆにの家族の登場、とくに父親の介入によって、破局の危機に見舞われてしまう。ゆにの家族も、弟、母親、父親と、ゆにに負けず強烈な人柄が揃っていて、じっさいにはなかなかありえないようなシチュエーションとトラブルが、作品に気軽なテンポをつくっている一方で引き出されるのは、ただ一緒にいたい、ずっと一緒にいたい、という恋愛状態における普遍的な心理、エモーションだといえる。ゆにとハルカの置かれている位置を単純化して見るのであれば、教師(大人)と教え子(子供)のポジションにわかれ、さらには不良と優等生の対照をもそこに含んでいる。これはどちらもこの手のラヴ・ストーリーに典型的なパターンにほかならない。ところで、二人の付き合いを知ったゆにの父親が、否定の側に回るのは、そういったギャップを間に挟む関係がある種の現実を犠牲にしなければ成り立たないことを知っているためで、たとえば〈教師なら 一番よくわかってるんじゃないのか? 君とつきあっていけば あの子がもっている多くの可能性が消えていってしまうと それから ゆにとつきあうまえは女性関係がひどかったようだね(略)気持ちが長つづきしない質らしいな 純粋に本気になっているゆえに対して 君は気に入っているだけなんだろ?〉というハルカへの問いかけが、それを端的にあらわしている。これに対し、ゆにとハルカは、今ここにある絶対を大切にしたいという合意をもって、答えとしている。つまり、どれだけの不安材料があろうとも〈一緒にいられたらそれだけでステキ〉なのである。そのとき、たしかに恋は現実よりも重い。とはいえ、それは決して現実が軽くなったことを意味しない、あくまでも意志の問題でしかないので、次巻以降も、さまざまな、おそらくはギャグすれすれの勢いで押し寄せる逆境に、二人の繋がりは、しかしシリアスに試されていくのだろう。

 1巻について→こちら

・その他みきもと凜に関する文章
 『17歳』について→こちら 
 『水曜日のライオン』について→こちら
 『タイヨウのうた』(原案・板東賢治)について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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