ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年08月09日
 女神の鬼 10 (10) (ヤングマガジンコミックス)

 もはやヤンキー・マンガというカテゴリーを逸脱し、広義な物語の領域で未曾有を繰り広げる田中宏の『女神の鬼』だが、そのテーマは当然のとおり、不良少年たちの反抗といったクリシェに止まらず、ともすれば文学がほんらい扱うべきほどの深さに達する。すなわち、社会から異常だと見なされた人間が、自らが異常であることを引き受けたうえで、いかに生きる意志を失わず、身の証を立てることができるか、と、こうした問いを問いだとすら気づかせぬ語り口で、登場人物たちの表情に、そして行動に託してゆくのである。それにしても、すさまじい。圧倒的な筆力が、他に類を見ない、まさしく規格外の表現を生み出し、壮絶な運命を、かくも鮮烈に、かくも悲愴に、かくも異様に、しかし高踏ぶった様子もなく、たいへん生々しく、血の通った描写のうちに示す。

 〈昭和58年夏――――鬼たちは吸い寄せられるよーに 次々と……濁りの巣へと集まってくる………それぞれが……それぞれの……因果を抱えて〉。9巻のラストで告げられた、このようなモノローグを受け、この10巻では、昭和54年から昭和57年に、主人公であるギッチョたち世代の上の世代が、内海と五島を中心とし、どのような繋がりを持ち、やがて敵対していったのかが、ケンエーの立場を借りて、回想される。ここでケンエーの立場を借りていることが、ふたたび舞台を昭和58年に戻したとき、思わず引き込まれ、拳を硬くしてしまうようなインパクトを誘発する。女神である飛鳥を喪った内海の狂気、かつて飛鳥が内海に残した〈ビイストじゃけぇとか……‥‥廣島連合じゃけぇとか……‥‥そんなの‥‥そんなのはもォ‥‥カンケーないよ…‥‥テイちゃん……‥‥黒だって……赤だって……先輩だって…後輩だって…チームが何だって……テイちゃんのホンマの味方は‥‥そんなの全部……越えた所におるよ‥‥絶対…!!〉という言葉、内海の錯乱を抑止したケンエーの叫び、これらによって一個に結びついていたはずの絆が、内海とケンエーとに分裂する瞬間を、まざまざと見せつけるからである。

 すべての場面が伏線のごとく機能し、すべての登場人物が主役のごとく生きる、というのはおそらく、マンガにかぎらず、あらゆる物語にとって理想の一つだろう。それぞれの因果を回収すべく、終結し、死闘に駆られる鬼たちの姿は、そうした理想を実現させているふうなカタルシスを寄越す。いやはや、9巻のバトルとアクションも、なかなかの見物であったが、ここでのそれも、すばらしく、息つく暇がない。自動車やバイクに囲まれたボーリング場で展開される(改造モデルガンによる)銃撃戦は、深読みするのであれば、戦後にアメリカナイズされた日本の郊外を象徴している。そこで、鬼と呼ばれ、自覚するがゆえに争う少年たちの荒涼を、とてもスリリングな、完成度の高いエンターテイメントにまで昇華することで作者は、彼らに生きる意志と同義の物語を与えているようにも感じられる。

 しかしそれにしても、『女神の鬼』がおそろしい、とんでもないのは、たとえ内面が歪んでいるのであれ、目的達成のためにはどのような手段も選ばなかろうが、権力や政治に興味のある人間のほうが、それすらも持たずに暴走する人間にくらべ、まだ社会的な存在だという一線を、崩さぬ倫理として用い、そのうえでアウトサイダーの孤独を抽出している点にある。主人公のギッチョを含め、幾人かの登場人物たちは、反社会的だからというより、没社会的もしくは脱社会的だからこそ、異常者と見なされ、鬼に喩えられる生涯を遂げなければならないのである。たぶん、内海にとって飛鳥の記憶が幸福なのは、ただ愛情のためばかりではなく、彼女がかすがいとなり、たしかに社会と交わることができていた、そういう実感でもあるからなのだと思う。

 9巻について→こちら
 8巻について→こちら
 7巻について→こちら
 6巻について→こちら
 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 1巻と2巻について→こちら
posted by もりた | Comment(2) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
この記事へのコメント
はじめまして。梅若です。

『女神の鬼』、現在第10巻までですが、全巻揃えています。
田中宏作品は『BADBOYS』時代からずっと読んできました。『BAD BOYS』『BAD BOYS グレアー』、そしてこの『女神の鬼』と、三作品の中で登場人物がつながる田中ワールド、目が離せません。

また、これら三作品を、是非とも実写化してほしいと思っております。

それでは、失礼します。
Posted by 梅若 at 2008年09月01日 22:44
梅若さん、どうもはじめまして。
「ヤングキング」18号で「グレアー」のあとの時代にあたる「KIPPO」が、不定期のシリーズ連載ですが、はじまりましたね。いやはや、「BAD BOYS」の世界はどこまで広がっていくんでしょ。これからもますますたのしみです。
Posted by もりた at 2008年09月04日 18:48
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック