ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年12月08日
 女神の鬼 1 (1) 女神の鬼 2 (2)

 じつは10代でデビューした田中宏は、たぶん60年代後半か70年代前半の生まれで、考えようによっては、まだ若い。その彼が昭和を描くことは、ほんとうにただのノスタルジーなのだろうか。いや、そうではない。前作『莫逆家族』が、近代という枠組みが使えなくなったあとで、どうしたら新規の共同体を立ち上げられるか、といった難題のシミュレートであったように、この『女神の鬼』も、ある年代以降の人間が、現代という前人未踏の領域で、いかにしたら成人へと到達しうるのか、そのような今日的なテーマの含まれていることを予感させる。それはもちろん、現在30代の、それこそモラトリアムとの戯れに終始する人たちが、果たすことなくスルーし続ける問題を、一身に引き受けようとする姿形である。燃える家屋を背景に、主人公であるギッチョ(佐川義)は、〈ワシは……ホンマに……人間か……?……それとも…本物の…鬼・・・・!!〉と、その生き方を根本から見直すかのようにして、1979年の小学生時代に、その記憶を遡行してゆく。はたして彼にいったい何があって、何がどうなって、〈この島は『塵芥(ゴミ)の島』とも呼ばれ 削られた島の大地には都会から次々と運び込まれたゴミの山が敷き詰められていく〉、その場所へと辿り着いたのであったのだろうか。

 作者の構想がどこまで練られているのか、その意図がどこまで張られているのかは、なかなか見抜けないが、しかし、これはもしかすると、とんでもないレベルの作品なのではないか、と思う。広島を舞台にしているということもあって、「ビースト」(漢字出ません)という『BAD BOYS』で重大な役割を負った暴走族が登場したりなどしているが、たぶん『BAD BOYS』と同じ世界ではなくて、パラレル・ワールドなのだと考えられる。同じ世界だとすると、ギッチョは、『BAD BOYS』の主人公である司とほぼ同世代になるわけで、物語が進んでいけば、両者は必然的に絡まざるをえなくなるからだ。もちろん、絡んだら絡んだらで、最高におもしろい。それはともかく。田中宏のマンガの場合、主人公というのはすべて、作者の分身だといって差し支えがない。『BAD BOYS』の司は、それこそ10代の作者をリアルタイムで反映していたのだろうし、『莫逆家族』の鉄が30代なのも、同様の理由に基づいている。だから、主人公が過去の時代を生きるというのは、ある意味で、作者自身の回想となるわけだ、が、そこで重点となるのは、けっしてレトロスペクティヴな世界観に安住しようとする意思のないことである。むしろ読み手が突きつけられるのは、地域的な共同体そして近代とも呼べるものが、いったいいつどの段階で機能しなくなったのか、そういう事実である。

 物語の最中において、未だ核心的には触れられていないが、ギッチョの父親はどうやらロクでなしのようであり、その心性がギッチョに遺伝しているかいないか、というのが、ひとつのキーみたいである。だが、昭和の時代では、工学的な物の捉まえ方は、一般でも普遍でもなくて、それらは、抽象的な伝承のレベルに絡め取られていく。つまり、いうなれば、歴史あるいは大きな物語を、過去のストーリーとして語ることで、再起動させている。その再起動させられた歴史あるいは大きな物語が、いったいどの段階で崩壊するのか、それを自覚しようとする視点こそが、成長したギッチョの過去を振り返る立場だろう。興味深いのは、広島を出自とすることで、原爆の、放射能の影響が、自分の生き方に影響を与えているという思いなしが、冒頭に語られることで、もしかするとそれは作者自身の実感なのかもしれないが、とにかく戦争の記憶が巧妙に作品内部に組み込まれている点である。外人にケンカを売ったエピソードの盛り込まれた第一話目(正確には第0話目)、そのラストは、原爆ドームを映し出し、それを背景に〈ワシの夢は…ワシの王国を作るコトじゃ!!!〉というギッチョのモノローグが入る。これはあきらかに敗戦と復興のイメージをなぞらえている。

 『莫逆家族』では、近代の終焉は、高度経済成長期に、ヤクザが義理人情を切り捨ててしまった場面において、つよく示唆されている。そのことはきつく戦後と結びついていた。それを契機とした歪な社会的発展のなかで、それこそ戦争を知らない世代の人間が、30代になったとき、既存のイデオロギーを頼れない状況にあって、では代替となる新しい理念を提出できるのか、そのような試行と挫折とわずかな希望が描かれていた。それがここではもう一段階踏み込んだものへと移行している。70年代を始点に、旧式の伝統や道徳が滅んでいく最中、一個の人格がどのように形成されてゆくのかが、まるでビルドゥングス・ロマンのように、すくいとられているのであった。連載を追っていると、けっこう冗長な気がしないでもないが、こうしてコミックスで読むと、ものすごく密の濃いドラマが繰り広げられているのがわかる。次巻以降も、すごく楽しみだ。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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