ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年07月25日
 シマシマ 1 (1) (モーニングKC)

 旦那に浮気され、わずか一年で結婚生活にピリオドを打たれたシオ(箒木汐)は、夫婦で営んでいたアロマハウスのローンや、これから一人で送らなければならない暮らしに不安を感じ、何日もの眠れない夜を過ごす。こうした自己の経験をヒントに彼女は、若い男性がセックス(性交)抜きで疲れた女性に安眠を提供する添い寝屋「ストライプ・シープ」を副業として起こす。シオはもちろん、「ストライプ・シープ」で働く若い男性たちや、そこを利用する女性客の表情を、沖さやか改め山崎さやか改め山崎紗也夏は『シマシマ』のなかに描く。初期の頃はセックス(性交)によって自意識の安定をはかる女性を得意としていた作者が、こういう、セックス(性交)以外の手段でチューニングを望む女性の姿をマンガにあらわすまでになったのは興味深いが、いやいや、しかし人間性のじつに身も蓋もないところを生々しく残し、そのうえでコミカルにデフォルメされたストーリーを築き上げるセンスは相変わらず、やはりそこが個性であろう。この1巻を読むかぎり、特徴的なのは、モノローグの扱いである。作中人物の誰某にかまわず、多用され、読み手に向けてはっきりと示されるモノローグの数々は、もしかするとうるさすぎるかもしれないけれど、要するにこれは、どれだけ相手を先回りして気を遣えるか遣えないか、いわゆる空気を読めるか読めないか、を表現するための土台になっている。初見、クライアントたちは、「ストライプ・シープ」のメンバーに不満を覚える。リラックスすること、安眠することが目的であるのに、見ず知らずの他人を相手にしているのだから、当然ではある。そうした気分がまずモノローグ化される。言うまでもなく、他の作中人物がサイコメトラーやテレパスではない以上、それは聞こえない。その本来ならば聞くことのできない声に対処し、どうリラックスさせるかが、すなわち「ストライプ・シープ」のメンバーが果たすべきつとめとなる。なるのだけど、クライアントに向けられる彼らの配慮もまた、しばしモノローグ化される。いや、そうした添い寝に関する部分にかぎらず、『シマシマ』においては、ほとんどのコミュニケーションが、モノローグ状の一方的な評価を繰り返すことであらわされており、悪くすれば腹の探り合いとも受けとれかねないところを、そうではなくて、対人関係の有意味とは、そうした一方的な評価同士のうちに、妥協点を見出すというより、親和性の高いポイントをしごくナチュラルに探り当てられたとき、はじめて成り立つのではないかな、と思わされる。


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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