ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年07月24日
 ジナス-ZENITH 5 (5) (モーニングKC)

 この5巻より「プロット協力:ビッグ・オー」のクレジットがなくなってるんだけど、吉田聡が現在、古巣である少年画報社や小学館ではなく、講談社や秋田書店で主な仕事をしていたり、環境の変化のめまぐるしいことを考えると、なんとなく裏事情にネガティヴな面を推測したくなってしまうのだが、べつにそうでもないのかな。しかしながら、何がどう影響しているのかは不明だとしたところで、吉田版『MONSTER』であり『21世紀少年』であるような、抽象度の高いというか、要するに落とし所の曖昧であった『ジナス―ZENITH―』の物語に、一種のわかりやすさが戻っているのは確かで、顔のなかった子供(人形)に、具体的な表情が備わってきているのは、そのことにおける一つの証左だろう。表情にあらわれているのは、神の孤独にほかならない。神が人間に望むのは、自分と同じように、泣くことのない完全な存在である。だが、泣かない人間とは、結局のところ、心を失った死者でしかありえない。それを滅するために銀髪の男は、神よりも高い場所から地上へと降り立った。ジナスとは〈この世界の天の頂きを意味するんだろ? でも ここはぼくの創った世界だぞ そんなデタラメな名前があるものか!!〉と神を名乗る人物は言う。これに対し、銀髪の男は、こう答える。〈天頂は遠い……何者の手にも届かない彼岸だ 人間たちは時に救いがたく醜い だが――愛する者のために祈る心には天頂がある 失ったものを見上げる者に天頂はある 届かない天頂に思いを馳せて そのあまりの遠さに……人間たちは涙を流すのだ……〉と。ロジックではないけれども、ひじょうに明解ではあるレトリックが導き出され、ここまで決して長くはなかったものの、それでもやや遠回りし、だれてしまった感のある作品に、いよいよ佳境が訪れているようだ。

 4巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら

・その他吉田聡に関する文章
 『荒くれKNIGHT 黒い残響完結編』
  1巻について→こちら
  1話目について→こちら 
 『荒くれKNIGHT 高校爆走編』
  11巻について→こちら
  最終回について→こちら
  10巻について→こちら
  9巻について→こちら
  8巻について→こちら
 『湘南グラフィティ』について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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