ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年07月14日
 地球人類最後の事件 (講談社ノベルス ウF- 17) (講談社ノベルス ウF- 17)

 浦賀和宏の八木剛士(もしくは松浦純菜)シリーズは今年の六月に起きた秋葉原通り魔事件を予見していのだと、どこかの阿呆が言い出したら、おいおい、と白けつつも、すこしは、そうね、と乗ってやってもいいな。すくなくとも『蟹工船』よりリアルな現代の生活感が、半分くらいはご苦労さんと通り過ぎたくなる頭の硬さで、半分くらいはまじに受け取ってもよいようなくだらなさで、みっちりと描写されている。いや、それにしても、あいかわらず、しょうもねえお話である、ほんとうに。身も蓋もないといおうか、救いがたいといおうか。シリーズの最新作『地球人類最後の事件』は、松浦純菜の幼馴染みであり八木剛士のクラスメイトでもある小田渚の視点を借り、これまでのストーリーが振り返られるところからはじまるのだけれど、それがまた、資料や題材に乏しい浅薄な批評や思想のサンプルを読まされているみたいで、ぞくぞくしちゃう。〈皆、私を見ていてほしい。私をかまってほしい。私を心配してほしい。でも、そんなことは天地がひっくり返ったってあり得ない。何せこの世の中は、資本主義社会なのだ。だから自分は、本格ミステリ以後の若い作家の小説を夢中になって読んでいたのかもしれない(略)あれはみんな、自分の狭い周辺だけが、世界のすべてという小説だ。本当にそうなのだ。大統領も、総理大臣も、関係ない。そんな政治家より、自分とその周辺だけが、世界で一番価値がある。それ以外の人間達なんて、虫けら同然。そんな世界に渚は憧れた。自分もそんな世界に行きたいと思った〉と、いわゆるセカイ系分析を行いつつ、〈(略)日本で改憲がなされることはないだろう。少なくとも、日本で素晴らしいサブカルチャーが全盛を極めている間には。どんな右翼の人間でも、漫画やアニメを愛する気持ちを持っている。剛士が良い例だ。日本人のDNAには、日本が大人の国になったら、もう今までのようにサブカルチャーを楽しめないかもしれないという危機感が、生まれつき組み込まれている。それは呪いと同じ(略)どんなに改憲の気運が高まっても、きっと土壇場で失敗するだろう。その繰り返し。国にはそれぞれ役割がある。日本の役割は、経済大国として、世界に向けてサブカルチャーを発信すること、それがすべてだ。間違っても、自立することなんかじゃないのだ〉というふうに、オピニオンを盛り込みながら、あらましを述べる小田渚にしてみたら、一連の事件は、もてないアニメ・オタクで、さらには学校社会におけるヒエラルキーの下位に属する八木剛士が、ルサンチマンを突破口に引き起こしたテロリズムにほかならなかった。しかし一方で、大勢の弱者が虐げられたまま状況を変えられないのに対して、剛士だけが不思議な体験を繰り返し、生き延びている現実を見、もしかしたら彼は、それこそ世界の中心に位置すべき特別な人間の一人なのではないか、と思う。そして当の剛士はといえば、まさしく選ばれた特別な人間であったため、彼をおそれる者の罠にはめられ、強姦殺人の容疑で警察に逮捕されてしまう。こうしたピンチが、剛士が実際に強姦殺人を犯しそうな存在であると世間から見られていること、剛士自身も一歩間違えれば自分が強姦殺人を犯しかねないと考えていること、しかし真実は冤罪であること、の三点がつくる図式を用い、語られる。右傾し、リベラルを嫌う剛士は、次のようにいう。〈学歴がない親は所得も低いから、自ずと子供にかける教育費も激減する。それは自然の摂理である(略)今や日本も格差社会が進んでいるから、どんどんその傾向が強まっていくだろう。生まれた時からハンデがあるのだ(略)子供の頃からイジメられ、蔑まれた子供は、その恨みを胸に抱いて、捻くれた精神のまま一生を終えることになる。捻くれた心の持ち主は、人と上手く付き合うことができない。異性と喋ることもできない。一生童貞でもおかしくはない。男が異性を知らないで生きるのは、あまりにも辛い。結婚なんて夢のまた夢。結婚できず、四十過ぎても、五十過ぎても、童貞の独身男。それなのに、世間の連中は、みな結婚し、家庭を持って、幸せそうだ。それなのに、どうして自分だけが!? 一度、そんな考えにとりつかれた男は、犯罪にでも走るしかない。子供の頃受けた残酷な『偏見』が数十年後に現実になるというわけだ〉と。この苦しみを救ってくれるのは、無償のセックス(性交)だけである。だが、無償のセックス(性交)を求めることが、苦しみを繰り返し循環させる。剛士の逮捕をきっかけに、物語は佳境に入り、ついに剛士を付け狙う組織の正体があかされる。ここでこの小説、このシリーズがやはり特殊であるのは、ハルマゲドンをめぐる背景をよそに、剛士の、松浦純菜とセックス(性交)したいという欲望が前面化していくことだろう。自分がもはや童貞ではないのを棚にあげ、純菜が処女ではない(かもしれない)ことに許し難いものを覚える。結果、目も当てられない悲劇が訪れる。いやまあ、ほんとうに、これ、進んじゃいけない方向にしか進んでいかないのが、すごいな。こうも徹底されたら、次巻でつけられるらしい結末がどんなになっちゃうのか。

 『堕ちた天使と金色の悪魔』について→こちら
 『世界でいちばん醜い子供』について→こちら
 『さよなら純菜 そして、不死の怪物』について→こちら
 『八木剛士史上最大の事件』について→こちら
 『上手なミステリの書き方教えます』について→こちら
 『火事と密室と、雨男のものがたり』について→こちら
 『松浦純菜の静かな世界』について→こちら

・その他浦賀和宏に関する文章
 「三大欲求」について→こちら
 「リゲル」について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(08年)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック