ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年12月06日
 剛くんはいいね、僕のなかではひじょうに好感度が高い。というわけで、堂本剛のエッセイ集を読んだ。『ぼくの靴音』という題名どおり、彼の19歳から25歳までの、6年間の軌跡が綴られている。これがしかし、けっこう胸の軋む内容で、こんな内面を抱えながら生きるのはしんどいだろうなあ、と真剣に気になってしまった。アイドルのエッセイというのは、まあ、どこまで真に迫っているのかどうかは不明な点があるけれども、『ぼくの靴音』の場合、堂本剛というパブリック・イメージと重なり合う言葉が詰め込まれており、むしろ、本質がどうであろうが、つくられたキャラクターであったとしても、その指向性をけっして損なうものではない。たとえば、そのことは「ここ」を「此処」と、「言う」を「云う」と書き込むような、似非文学的な記述(これは、ここでは褒め言葉です)に現れている。エッセイは、99年「物語の始まり」という項から幕を開けるのだが、そのなかにこうある。〈ありとあらゆる“旅”を紹介するにあたって、最初に申し上げておきたい事があります。堂本剛という人間は、超が付く程ネガティヴな動物です。場面によってはポジティヴだけど、基本的にはネガティヴ思考です。それを理解した上で“旅”を楽しんで下さい〉。このような、あらかじめネガティヴであることを前提とした立ち位置は、彼と同世代(堂本剛は79年生)の作家が書く小説や、Jポップ・アーティストの歌詞を見る限り、ある年代以降、ごく自然な振る舞いなのではないか、と思う。そのように捉まえれば、今のヤングな人々を、等身大な姿形として、反映したものだといえる。また、半径5メートル程度のリアリティが、すぐさま世界という概念と直結してしまういくつかの文章は、それこそセカイ系と呼ばれるものに近しい感性だろう。そうでなければ、まさに「ぼくっていったいなに」風の自分探しが、何よりもリアルで切実なものとして、提出されている。ただし、かなりポエム満載な後半に差しかかると、あきらかに他者を認識する視線が、前半部分と異なっていることに気づく。人はひとりでは生きられないとしても、ちゃんと孤独を引き受ける力強さが、泣き言とは異なった内省として、書き留められてゆく。それは、あるいは成長のしるしなのではないだろうか。もしもそうであるならば、ある種のビルドゥングス・ロマンをなぞった過程としての、そういう説得力を有している。ところでアイドルの裏話的な部分も、かなり少なめではあるけれども、含まれている。ジャニーズ内の交友録となっている「支え」と「手紙」の項などが、それにあたるだろう。ここ、岡田准一(V6)や二宮和也(嵐)に送る剛くんの言葉が、ちょっと気恥ずかしく感じられるぐらい、すごくいいですよ。あと、どうでもいいがイタリアン料理を食う機会が多いみたいだ。 

 [si:]についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書。
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堂本剛
Excerpt: 堂本剛堂本 剛(どうもと つよし、1979年4月10日 - )は、奈良県奈良市出身のアイドル、歌手、俳優、タレント、シンガーソングライター。 ジャニーズ事務所所属。..
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