ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年07月10日
 以前は、ヤンキー・マンガの類を悪くいう連中を見かけるたび、ろくに読んでないのがミエミエじゃんね、と、いらっとさせられたものであったが、最近は逆に、じゃんじゃん攻撃してやってよ、そう応援したい気分になっている。理由は単純で、一時期にくらべ、しょうもねえ作品ばっかりが増えてしまったためである。とくに、高橋ヒロシを頂点とするフォロワーの一群と、個人的に「50年組」と呼んでいる一派の、あの体たらくときたら。むしろ、褒めている連中を見かけたならば、ろくにマンガも読めないくせに、と、いらだってしまう。

 しかしながら、もちろん、こうした状況下にあっても読むべき価値のあるすぐれた作品は存在していて、たとえば、小沢としおの『ナンバMG5』などは、その数少ないうちの一つだといえるだろう。『ナンバMG5』が、他のヤンキー・マンガと一線を画しているのは、不良をあかるく描くことが、すなわち作中の倫理として機能している点にある。たしかに、いつの時代にも不良にならざるをえない人間というのは、いる。だがそれと、不良になることが正しいというのとは、まったくべつのロジックで考えられなければならない。たったそれだけの前提さえ自覚していない作家が描いているヤンキー・マンガは、たいてい駄目である。

 換言する。現在の主流であるようなヤンキー・マンガの多くが行っているのは、内面に暗さを持った少年が反動的に生きることの肯定化である。じつをいうとこれは90年代以降のサブ・カルチャー全般と同根の問題でしかないのだが、要は、すねた坊ちゃんに同情的であることをハイな表現と見なしてしまう錯覚にほかならない。その結果、トラウマを持ってるからって何をしてもいいってわけがねえんだ、ということが表明し辛くなってしまっている。むろん、現行するヤンキー・マンガの主人公はほとんど、健康優良不良少年に設定されているけれども、物語の枠内で見れば、トラウマを持った敵役のエモーションに焦点をあててゆく傾向がある。このことにいち早く危機感を持ったのが高橋ヒロシなのだが、それでも『WORST』を読む限り、うまく対処できてるとは言い難い。

 さて本題に入る。先ほど、不良をあかるく描く、といった。これを、ぐれることの正当性だというふうに誤解されてはいけないので、もうすこし述べると、暴力や犯罪をモラトリアムの必須条件として用いない、その程度のことにすぎない。だいいち、未成年だからって何をしてもいいってわけがねえんだ。ケンカはヤンキー・マンガの華である。そりゃそうだ。いや、だからこそできうるかぎり慎重に扱われなければなるまい。どっちが強いか決着をつけようぜ式のロマンと、ルサンチマンの裏返しであるような暴力は、たとえ両者の混在する場合があるにしても、どこかで区別される必要がある(どこかで、というか、まあ作者の頭のなかで、なんだが)。そうした批評性の介在していることが、どれだけ物語の質を高めるかを、『ナンバMG5』の16巻における特服先生こと我らが難破剛と横浜ケルベロスのキング光一の対決は、教えてくれる。どうでもいい話だけれど、名前の由来は、たぶんKinKi Kidsかしら。

 生い立ちに不幸を持つ光一は、愛情に飢え、かつての恋人である牧野弥生に異常な執着を燃やす。千葉に逃げてきた弥生が、たまたま同じ美術部の後輩であったことから、剛は正体を隠しながら、彼女が在籍するレディース魔苦須に肩を貸すことになるが、しかし非力な魔苦須のメンバーは次々にケルベロスの手に落ちていってしまう。彼女たちのピンチを察した剛は、伍代をともない、いそぎ横浜へと向かうのであった。光一の存在は、いわずもがな、トラウマをルーツとする悪党の典型である。これに対し、剛の健全さが、どう立ち向かうのか。最大の見所は、そこにあるといってよい。光一に同情的な演出を作中に散りばめつつも、狂気は狂気でしかありえないことを〈頼むよ…女がブン殴られるのなんて オレ見たくねーんだ!!〉という剛の言葉と気持ちと行動のなかにあらわしてゆく。

 さらに、光一の暴君ぶりをじつは快く思っていないケルベロスのメンバーと、何の義理もないのに剛や魔苦須のために体を張る伍代の対照によって、クライマックスを盛り上げるのはもちろん、明確な倫理の基準に補助線を引いていくあたりも、さすがである。

 それにしても、魔苦須の面々が、弥生の盾になってやろうとする場面の、ああ、なんと泣けることかよ。〈ブン殴るんなら アタイをやれよ 妹分には手を出すな〉という先代総長のマリもかっこういいけれど、ナンシーやカー子、フー子の回想が、死ぬほど、ずるい。とくにカー子のくだりである。〈はずみでできた子供だ 失敗作だって〉と親に言われ、落ち込むカー子に、〈お前にはアタシやみんながいるだろ みんなアンタのこと大事な妹だって 思ってるよ それだけじゃダメか?〉と、弥生が手を差し伸べる。ここで、ぼろぼろ泣いた。同じように誰からも愛されず、そして同じように弥生と出会っていながらも、光一はといえば、カー子みたいに救われないで、暴力に堕ちてしまったんだからね。ほんとうに人間性の腐ったやつっていうのは、どこにでもいるんだな。

 15巻について→こちら
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 3巻について→こちら
 1巻について→こちら

 1話目について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
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