ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2008年06月30日
 山口いづみ『アカンサス』の2巻であるが、前巻からの引き続きであり、完結編であるようなエピソードは一話にとどまり、それ以外は『アカンサス』の番外編が一篇と『アカンサス』自体とは無関係な二篇の読み切りで構成されている。1巻に「青く、ふたつ」という読み切りが収められていたことを踏まえるなら、『アカンサス』の本編は、実質、単行本一冊分に満たないぐらいの連載でしかなかったのだけれど、しかしこの長さであっても、作者の現在の力量では、センスよりも未熟さのほうが勝ってしまったかな、という印象を覚える。少女の自立を描いた内容は、とどのつまり、少女がたんに世間知らずであった、という結論に着地する。一人暮らしとアルバイトと、そしてもちろん恋愛を通じ、さらには大失敗を犯すことで、周りの人間がどれだけ自分のことを想い、考えてくれているかわからなかったのを自覚するのである。もちろん、これは旧くから少女マンガのシーンに見られる通過儀礼的な物語のヴァリエーションであろう。だが、そうした歴史から捉まえるとき、全体に詰めの甘さが目立つ。ヒロインの受難も、自業自得でしかありえず、自業自得でしかありえないことに対し、周囲の人間が寛容すぎるので、ドラマに深みが出ていない。が、もっと短いお話であったならば、そのような粗は気にならなかったかもしれない、と思うのは、番外編である「〜幾年先に続く祈りを〜」が、やはり世間知らずの坊っちゃんの自立を描いているにもかかわらず、なおかつ人の死という便利な感動(まあね)を用いながらも、決して退屈な作品になっていないためだ。二篇の読み切りのうち、「ノイズ」と「water palette」に関しては、どちらもハッピー・エンドで終わるラヴ・ストーリーとして、それなりの葛藤があり、けっこう好きではあるのだけれども、たとえば、いくえみ綾やジョージ朝倉が先行する作家におり、たとえば、アルコや高野苺が同時代の作家にいる、こうした環境下にあって、個性の極度に薄まった作品になってしまっている。両親が離婚したため、恋愛を信じられないヒロインというのも、今や類型のそしりを免れない。作者がどう考えているのかは知れないが、ファンの立場からすると、山口いづみ、ここにきて伸び悩んでるかあ、と思う。

 1巻について→こちら

・その他山口いづみに関する文章
 『キリン』について→こちら
 『恋愛幸福論』について→こちら
 『HAPPY DAYS』と『ビターチョコレイト』について→こちら
 『ロマンチストベイビー』について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(08年)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。