ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2018年02月01日
 ブラザーフッド(3) (サイコミ)

 ふむ、やっぱり、1巻にあった「いいか ヤマト・ムサシ」「オレはお前ら2人をクソ大事に思ってんよ… 血ィつながってねーとか関係ねーから!」「オレはお前ら2人を兄弟だと思ってんよ 兄弟(ブラザー)を大事にしろよ 心にメモっとけ!」というタイトルに直結するかのような言葉が、このマンガの柱なんだなあ、と思わされる。村上よしゆき『ブラザーフッド』の3巻である。

 ヤンキーの実情を知らない新しい世代が、古いヤンキーのイメージに憧れ、不良少年ならではの学園生活をがんがん送っていくことになる。と、こうした筋立ての作品だが、目下の魅力は、不良少年の屈託や荒んだ光景ではなく、若いスタンスの内側から自然と溢れ出てくる軽さや明るさを、何よりの基調としている点にある。ポジティヴな意味で、実に騒がしい内容だといえる。

 軽く、明るい。だが、チャラく、浮ついてはいない。どこかにしっかりと重心が備わっていると感じられる。その重心とは、最初に持ってきた言葉のとおり、血縁でなかろうと兄弟(ブラザー)と喩えることが可能な関係、繋がりを結び付ける力学と密接なものであろう。主人公であるヤマト(山中大和)とムサシ(山中武蔵)を見るかぎり、ヤンキー・マンガの常道であるバディの形式をとってはいるけれど、彼らが血の繋がりがない同い年の兄弟であることに、それははっきりとしているし、彼らを取り巻く状況にまで敷衍されている。

 先に引用した1巻の言葉は、幼い頃のヤマトが憧れていた年上の存在、信兄ちゃんによるものだ。同様の意義は、この3巻で、別の登場人物と別の登場人物のあいだに交わされた会話として、以下のように反復される。〈でもまあ お前 気に入ったぜ〉〈オレの舎弟になれよ…〉〈子分… つーか 手下っつーか… 弟子?〉〈じゃあ兄弟(ブラザー)だ…〉〈舎弟… 血のつながってねー仲間(ブラザー)だ… ブラザーフッドだ〉

 ヤンキーへの憧れが高じ、不良少年が多く通っている黒浜高校に転校してきたヤマトとムサシは、一年でありながら学校の頂上に立つため、番長格である三年の赤城に挑もうとするのだが、もちろん、コトは簡単に進んでいかないのだった。赤城や赤城の亡くなった親友、ガガ、そして、ガガの後輩であり、赤城に敵意を向ける二年の木曽川、彼らをめぐる因縁に決着がつくなかで、兄弟(ブラザー)という言葉は反復されている。反復されることで、マンガの柱となるような強度を増しているのだ。

 軽く、明るい、と述べた。それはコメディのパートが充実しているためでもある。コメディのおかしさは、登場人物と登場人物のあいだの認識のズレ及び登場人物と世間の認識とのズレからやってきている。ヤマトが飛び抜けて馬鹿に見えるのは、ズレの大きさが最も顕著となっているがゆえに、だろう。ヤンキーという過去の文化をリスペクトし、邁進していく勢いが、現代的な当然とのズレを際立たせているのである。
posted by もりた | Comment(0) | マンガ(2018年)