ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2017年06月22日
 聖闘士星矢EPISODE.Gアサシン 10 (チャンピオンREDコミックス)

 やっぱり、岡田芽武の『聖闘士星矢EPISODE.G アサシン』は、最高だな。誰がなんと言おうと、最高なんだぞ。大好きである。どうして最高なのか。原作である車田正美の『聖闘士星矢』のあらゆる登場人物を格好良く描きたいという欲望をフル回転させているとしか思われない勢いの筆致が、実際に『聖闘士星矢』のあらゆる登場人物を格好良く描き出しているというアレンジの見事さに尽きる。以前にも述べたように、蟹座のデスマスク史上最高に格好良いデスマスクは『聖闘士星矢EPISODE.G アサシン』のデスマスクだと信じてやまない。

 そもそも『聖闘士星矢EPISODE.G アサシン』は、オリジナルにあたる『聖闘士星矢』の前日譚であった『聖闘士星矢EPISODE.G』の外伝的な性格が強いマンガだったはずなのだけれど、巻が進むにつれ、本編が終結したあとの直接の時間を、つまりは後日譚とされるような展開を見せはじめているのであった。もちろん、正統な続編としては車田正美本人による『聖闘士星矢 NEXT DIMENSION 冥王神話』が存在し、現在進行形で連載されている以上、広義での二次創作になるのであろう。しかし、たとえば永井豪以外のマンガ家が永井豪の作品の続編を作ったり、アニメなどのメディア・ミックスで永井豪の作品の続編が作られたりしていることを考えると、決して類例のないケースではないし、マンガが原作でなければ『機動戦士ガンダム』や『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』のシリーズ等も様々なヴァリエーションが公式に展開されている。海外に目を向けるならマーベル・コミックやDCコミックスのヒーローたちがいくつものパラレル・ワールドを行き来することは、もはや一般的ですらある。こうした受容のなかに『聖闘士星矢EPISODE.G アサシン』も置かれるべきだと考えられる。

 そして『聖闘士星矢EPISODE.G アサシン』が圧倒的に正しいのは、最初に述べたとおり、『聖闘士星矢』のあらゆる登場人物が格好良く描き出されているからにほかならないし、大胆なカットとポエジーとで登場人物の格好良さを引き立てることが車田正美のイズムに関わるものであるなら、岡田芽武ならではのタッチを殺すことなく、それを見事に取り込んでいるからだ。さらに付け加えると、フルカラーのド派手なスペクタクルがスマートフォンなどのゲーム・アプリにおける演出に近接していることは過去にもいってきた。

 ふおおお。辰巳きたああ。って、声をあげる読者がどれだけいるかは知らないが、自分は辰巳のファンなので、この10巻で辰巳が出てきた途端、鼻息が荒くなりましたね、なのである。執事に萌える方々も辰巳の出番に歓喜なのではないか。いや、それはないな、とか言ってはいけない。確かに原作の辰巳にファンは少ないかもしれないが、岡田版では小憎らしさを残したまま、ヴィジュアルと言動の面に城戸家の支えに相応しい厳つさが増している。これはこれで格好良いのではないか。ただまあ、ちょっと年寄りにしすぎているのでは、と思う。辰巳の話題を長々と引っ張っても仕方ないのだけれど、『聖闘士星矢』のあらゆる登場人物が格好良く描き出されていることの一例にほかならないのであった。無論、辰巳ばかりではない。ついにあの聖闘士やあの聖闘士が、という強烈なサプライズが次々ともたらされており、聖矢世代から上の世代までオールスター揃い踏みの感がより強まってきている。平凡な少女に思われた吉乃が聖闘士(セイント)や剣闘士(グラディエーター)にとって、いかなる意味を持っているのかが明かされ、ストーリーにも進展が表れているが、吉乃の父母として顔を見せるのが、ここでお前らかよ、と驚かされるものであって、気を抜けない。

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 『聖闘士星矢 EPISODE.G』
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