ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2016年12月28日
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 この何年かでブラッケンドと修辞されるような(あるいは自らが修辞するような)ブラック・メタルを参照項の1つに置いているのかもしれないダークで木目の細かいサウンドのハードコア・バンドが多く出てきているが、フランスのリール出身、LOVE SEX MACHINEが標榜しているのは、ブラッケンド・ドゥーム、ブラッケンド・スラッジということである。音の触感は、メタリックであり、モダンであって、スローなテンポを基本にしているけれど、真性のドゥーム・メタルやスラッジ・メタルに比べ、攻撃的なダイナミズムが前に出ているあたりが特徴といえるだろう。少なくともファースト・アルバムの『LOVE SEX MACHINE』(2012年)は、ドゥーム・メタルやスラッジ・メタルへの変形が進んだハードコアと判断できなくはないものであった。そうした方向性を汲みつつ、ドローン(持続低音)とノイズとを更に強調していった作品が、セカンド・アルバムの『ASEXUAL ANGER』となっている。ヒステリックな叫びにも似たヴォーカルは強烈だし、アタックの強いリズムには即効性のインパクトがある。しかし、それらと同一のリフを繰り返しながらヘヴィに歪まされていくギターやベースとが、泥沼みたいにずっしり、濃度の高いサウンドを作り出しているのだ。2曲目のタイトルである「DRONE SYNDROME」は、ある種の所信表明にも思われる。うっすらとしたメロディが轟音のなかに浮かび上がる3曲目の「BLACK MOUNTAIN」や4曲目の「AUJESZKY」などには、シューゲイザー(正確にはシューゲイザー・スタイルのブラック・メタルかもしれない)からの影響が現れているのではないか。ラスト・ナンバーにあたる8曲目の「SILENT DUCK」が、最もドゥーム・メタルのマナーに忠実な印象である。実際には様々なアイディアが引っ張られてきている作品だが、なるほど、これがブラッケンド・ドゥームかあ、ブラッケンド・スラッジなんだな、と頷かされるレベルで焦点は定まっている。

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2016年12月22日
 リクドウ 10 (ヤングジャンプコミックス)

 以前、どうして格闘マンガは父殺しのテーマから逃れられないのか、と書いた。その一方で、どうしてボクシング・マンガは父なし子のテーマから逃れられないのか、と考えさせられるときがある。もちろん、すべてのボクシング・マンガが父なし子の背景を持っているとはいえないかもしれない。が、ボクシング・マンガを代表するような作品の多くが父なし子の背景を持っているといえるのである。『がんばれ元気』『リングにかけろ(リングにかけろ2)』『チャンプ』『エイジ』『神様はサウスポー』『はじめの一歩』『Monacoの空へ』『シュガー(RIN)』etc。もしかしたら、これらの源流には『あしたのジョー』の存在があり、ほとんどのボクシング・マンガが『あしたのジョー』のヴァリエーションだとの解釈もできなくはない。それは、ある場合には孤児の姿として現れ、ある場合にはボクサーとセコンドの立場に擬似的な父子の関係をもたらしていく。こうした傾向に、松原利光の『リクドウ』は、意外なほど忠実だ。主人公である芥生リクの殺伐とした境遇は、確かに現代的ではある。現代的であると同時に行き過ぎた不幸が、作品のムードをダウナーに引っ張ってはいる。反面、一種の様式からくるようなカタルシスがあり、決してつらいだけの物語にはなっていない。古典的に見える部分が翻ってエンターテイメントにかかるバランスの面を支えているのだと思う。

 持たざる者の戦いをいかに描くか。これがおそらくは様式の一端を担っている。持たざる者の欲望をハングリー精神と喩えるのであれば、それが闘争を呼び、闘争を通じ、欠落を埋めるための報酬を得ていくことに、カタルシスは由来しているのだ。呪われ、戦い、勝った、のプロットであり、カタルシスであろう。凄惨な幼少時代を過ごし、スタンダードな感情に乏しくなってしまった芥生リクの振る舞いは、今風にいうなら、壊れていると形容されるものである。しかし、異常である以前に持たざる者としての資質が、彼をボクシングのリングに上がらせている点こそ、看過してはならないと思う。むしろ、持たざる者としての資質は、物語が進むにつれ、より明確となっていき、この10巻では、異常であるような眼光の登場人物やライヴァルたちが次々と出てきたことで、リクの欠落と欲望とが実は正常に近いのではないかと判断されるほどになっている。注意されたいのは、リクとリクをめぐる他の登場人物との関係であった。高校を卒業し、施設を離れることになったリクは、幼馴染みである苗代ユキとの二人暮らしをはじめる。異性に禁忌を覚えるリクにとって、ユキは恋人というよりも母親の代替なのではないかと暗示されるシーンがある。リクが所属している馬場拳闘ジムの会長は、高校を卒業したリクを本格的に育て上げるべく、人手を集めようとする。そこで強調されているのは、チームとしての役割なのだが、リクに対するユキの働きかけも会長の働きかけも、家族という概念でリクのイメージを包括するかのような趣向を伴っている。『リクドウ』が家族の不在に寄り添った物語であると読者に理解(もしくは誤解)させうる効果にほかならない。

 しかし、リクの欠落と欲望とが必ずしも家族という概念に包括されないことは、リクをボクシングへと導いた元ボクサーのヤクザ、所沢京介とリクの関係が、他の登場人物とリクの関係に比べ、数段特別に扱われている点で明白だ。自分を救ってくれた京介に対するリクの憧憬には、もしも理想の父親というものがあるのだとすれば、それを求めるのに近い視線が含まれている。こう推定したところで、あながち的外れではないだろう。当然、父親の存在は、家族の枠組みに結びついていくのだけれど、母親の存在とは完全に別個の回路を持っているのである。リクは自分も京介のようになりたいと願う。そのためにボクサーになったのだった。京介のようになりたいとは、赤の他人であるはずの京介を慕い、追いかけ、いずれは追い抜き、京介だけが持っていた何かしらの輝きを手に入れることを意味しているのであって、ここに父殺しのテーマや父なし子のテーマを見つけ出すことができる。

 8巻について→こちら
2016年12月20日
 Draugr

 おや、こんな感じだったっけ。おおもとのデザインはそのままに着こなし方が異なるという印象を持たされた。PORCUPINE TREEのベーシスト、コリン・エドウィンを含む多国籍バンド、OBAKEのサード・アルバム『DRAUGR』のことである。イギリスのPORCUPINE TREEといえば、現代的なプログレッシヴ・ロックの代表格に数えられる。中心人物ではないとはいえ、早い段階からそこに関わってきたコリン・エドウィンだが、OBAKEのサウンドは、PORCUPINE TREEとは結構距離を置いたところにある。スラッジ・メタルやドゥーム・メタルの文脈に近い。ヘヴィな低音を前面に押し出したものだ。咆哮型のヴォーカルがいかつい一方、リズムのパターンには複雑さがあり、アンビエントの要素も入ってきている点に、たとえばNEUROSISやISISを引き合いに出すこともできる。この意味では、確かにプログレッシヴ・ロックであるような一面を有してもいる。しかし、あるいはやはり、ギターとベースの低音が無愛想なほどに徹底され、分厚いリフを粘り強く刻み続けることに、2011年のファースト・アルバム『OBAKE』や2014年のセカンド・アルバム『MUTATIONS』の特徴はあったと思う。だが、『DRAUGR』では、楽曲の展開とメロディのレベルに取っつきやすさが出た。もちろん、ヘヴィなことはヘヴィなのだけれど、クリーンなヴォーカルが大きくフィーチャーされ、以前にはなかった叙情性が支配的となっているのである。場合によっては、インダストリアル・メタルから引っ張ってきたかのようなノイズとクリーンなヴォーカルのメロディとがドラマティックにコントラストを作り出していく。バンドの名前に喩えて述べると、前作までが妖怪変化の類の禍々しさをイメージさせるOBAKEであったなら、今作は朦朧とした幽霊の姿をイメージさせるOBAKEぐらいの違いがある。

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら
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2016年12月14日
 Red Robes

 日本のCHURCH OF MISERYにギターとして参加していたトム・サットンを中心にスウェーデンで結成された4人組、THE ORDER OF ISRAFELのセカンド・アルバム『RED ROBES』である。2014年のファースト・アルバム『WISDOM』と同様、スローやヘヴィであるというよりは、ヴィンテージなハード・ロックに近いタイプのドゥーム・メタルをやっているのだが、演奏の一体感が増し、ソング・ライティングのレベルでも個々の楽曲のまとまりがよくなった。前作以上の内容だといえるだろう。ギターとヴォーカルを兼ねるトム・サットンの歌唱にも、堂々としたところが加わり、いやまあ、依然として抑揚に乏しいことは乏しいのだけれど、BLACK SABBATHのオジー・オズボーンがそうであるように、こうした音楽性にとっては必ずしも不備とはならないし、オカルティックな雰囲気を高めることに十分寄与している。ある種の様式をなぞらえているという点では、個性を見出しにくいサウンドではあるものの、アコースティック・ギターが随所に取り入れられ、そこに物悲しい叙情がもたらされていることを一個の特徴としておきたい。それこそ、アコースティック・ギターの弾き語り、バラードであるような6曲目「FALLEN CHILDREN」を経、7曲目「A SHADOW IN THE HILLS」で、映画音楽的なSEの後、エレクトリック・ギターによるザクザクとしたリフが刻みはじめるくだりは、後半のハイライトに挙げられるのではないか。テンポを落としながらも、リフを基本にしたグルーヴとダイナミックな展開の楽曲がおおよそを占めるなか、意外にも訴求力を担っているは、ヴォーカルとギターのメロディだ。メロディの立ち方それ自体が強いフックとなっているのである。同時代のアーティストを並べるのであれば、アメリカのELDERやKHEMMISらと一緒のカテゴリーにタグ付けをすることが可能なアルバムだと思う。

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2016年12月10日
 熱風・虹丸組 8巻 (ヤングキングコミックス)

 男の子とは、こうでなくちゃいけねえ、と思わされる。それがDNAに刷り込まれたものか、文化的なコードによっているのか、何らかの原体験からやってきているのかは知らないが、オールドスクールな少年マンガのバトルには、どうしたって熱くなる。燃えてしまうのである。リアリズムをかけ離れ、作中の論理が滅茶苦茶に破綻していようと、お構いなしなのは、つまり、不可能が可能に変えられることを描いているためなのだとしておきたい。正確にはヤング誌の掲載だが、今日最もオールドスクールな少年マンガのバトルを全開にしているのが、桑原真也の『熱風・虹丸組』だと散々述べてきたし、これからも述べていくつもりだ。

 ぬおおお。新展開の8巻である。激闘の末、羽黒翔丸が荒吐三郎をくだし、三代目ノスフェラトゥを斥けたナラシナ・オールスターズだったが、めでたしめでたしというわけにはいかない。虹丸組のリーダー、虹川潤は、眼に深刻なダメージを負っており、治療のために九州へと旅立たなければならないのだ。ナラシナ市を離れる潤から虹丸組と十文字誠の遺産を託された翔丸は、しかし、それを引き受けるべきかどうなのか決心がつかないままでいた。このとき、彼らはまだ知らない。翔丸を抹殺すべく、三郎の送った刺客が、すぐそばにまでやってきていた。

 流動明、朱雀優里という新たなる脅威が、物語に招き入れられるわけだけれど、その登場が非常に凶悪なプレゼンテーションを成功させているので、ぬおおお、となる。敵サイドの登場人物の格が、堰を切ったかのようにエスカレートしていくのは、オールドスクールな少年マンガのバトルにおけるパターンであろう。エスカレートを重ねながら、まだまだ魅力的な登場人物が出せてきていることに恐れ入る。明と優里には、主人公である潤や翔丸の存在感を食ってしまいかねないほどのインパクトがある。いやはや、最高にトチ狂っているのである。『熱風・虹丸組』は、おおよそのところ、不良少年や暴走族の抗争劇となっている。三代目ノスフェラトゥや荒吐三郎の登場は、大人レベルの権力と不良少年の対決を思わせたが、明と優里の場合、大人レベルの権力をも悉く壊し尽くすぐらいに圧倒的な殺意と暴力とを横溢させている。

 何せ、暴力団をロケットランチャーで壊滅させ、少年院に入れられ、少年院を出ても日本刀でケンカの相手をぶった斬ったり、ビルを爆破していったりするのだ。要するに、テロリストのイメージに近い。それが新聞紙に載る規模でナラシナ市に混乱をもたらすのだから、やり過ぎだよ、であろう。しかし、こうした難敵を前に一歩も引かないんだ、潤と翔丸はよお、という点に熱くなるのだし、燃えるのである。潤と翔丸がそうであるように『熱風・虹丸組』は、ペアやコンビの関係をテーマの一つにしており、過去、ライヴァルたちの背景にも、三代目ノスフェラトゥや荒吐家の因縁にも、それは見え隠れしていた。明と優里も、やはり、二人一組のペアとして描かれている。ここまでの物語で、おそらくは一番凶悪なペアだぞ。

 明と優里が、いかなる理由で結びついているのか。現段階では、はっきりと明かされていない。とはいえ、絆と喩えるのに相応しい厚い信頼の介在していることはうかがえる。それが二人の並んだ姿に箔を与えている。他方、潤と翔丸の他には代え難い繋がりは、男の子ならではの生き様を、無骨なドラマとエモーションとを紛れもなく象徴したものだ。もちろん、不器用な友情の表現は、オールドスクールな少年マンガのロマンでもある。十文字誠の遺産であるジャケットを受け取ろうとはしない翔丸に向かって投げかける潤の言葉を聞け。〈虹丸組と無限のジャケット… コイツはオレの命だ……… !! この世でオメェの他に誰に任せられんだよ…… !! 翔丸!!〉

 6巻について→こちら
 5巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら

・その他桑原真也に関する文章
 『疾風・虹丸組』第1巻について→こちら
 『姫剣』
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『ラセンバナ 螺旋花』(設定協力・半村良『妖星伝』)
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『[R-16]』(原作・佐木飛朗斗)12巻について→こちら