ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2015年12月10日
 あるいとう 11 (マーガレットコミックス)

 大抵の少女マンガでは、ヒロインと恋人の関係やヒロインと周囲の人間たちの関係とが時間の流れを代替するものになるのだったが、ななじ眺の『あるいとう』の場合、それが非常にスロー・ペースに描かれている。おそらくは作者の狙いであろう。時間の流れを跳ねたり走らせたりするというより、ヒロインであるくこの(同時に周囲の人間たちの)心の移動を、タイトルの通り、一歩ずつ歩いていくかのようなテンポで刻むことが作品のテーマとなっているのだと思う。

 作品の背景には、95年に起きた阪神・淡路大震災が置かれている。その災厄は(近年の作者の活動やコメントを見る限り)2011年の東日本大震災を経由し、再発見されたものに違いない。もしかしたら『あるいとう』における時間の流れは、それが起こった過去から現在までのあいだ(ヒロインのプロフィール)に凝縮されているのであって、あるいはそうであるとするのなら、そのような現在から未来へと進むための一歩をいかに踏み出すか。要するに、そのわずかにしかすぎない一歩(過去という時間の集積を乗り越えようとする最初の、勇気のある一歩)を誠実に示すべく、物語は極めてスロー・ペースに展開されなければならなかったのだ。

 最終巻である。この11巻に証明されているのは、もちろん、ヒロインや周囲の人間たちの変化であり、成長だといえる。しかし、それがどういったものか。具体的に説明するのは難しい。少女マンガのセオリーに則るとしたら、誰と誰がカップルになったとか、誰がどうした進路を得、幸福を掴んだとか、はっきりとした結果が提出されていないせいであろう。登場人物の一人が作品の構造に対し、メタ・レベルからのツッコミを入れる等、ラヴ・ロマンスの定型を逸脱することに作者は自覚的であった。慎重な回りくどさとでもしたい語り口によってもたらされていたのは、強く生きることには何の意味があるのかという問いである。

 ごめん。ありがとう。がんばれ。がんばる。これらの言葉を、気持ちを、過去から投げかけられた者が躓きを踏まえていきながら、同じ言葉を、気持ちを、未来に向けて発せられるようになるまでの足どり。それをちょうど『あるいとう』と表するのに相応しいイメージのなかに落とし込んでみせていた。

・その他ななじ眺に関する文章
 『コイバナ! 恋せよ花火』
  10巻について→こちら
  8巻について→こちら
  7巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『パフェちっく!』
  22巻について→こちら
  19巻について→こちら
  14巻について→こちら