
やまもり三香の『ひるなかの流星 番外編』である。番外編だが、これから全12巻の本編の結末について言及せざるをえないのは、収められている「隣の男」という読み切りのことを取り上げたいからだった。『ひるなかの流星』は、当初は噛ませ犬(当て馬)のように思われていた人物がヒロインと結ばれるというトンビが油揚げをさらっていくタイプのエンディングを迎えていた。ヒロインである与謝野すずめ、そして、彼女と結ばれた馬村大樹の二人は、おそらく、幸福な青春時代を送ったに違いない。事実、二人のその後を描いた番外編もここにはある。では、喩えるならトンビに油揚げをさらわれた側にあたる獅子尾五月のその後はいかなるものなのか。それを描いているのが、「隣の男」なのだ。
そもそも『ひるなかの流星』において、また、すずめと獅子尾の関係にとって、最大の障害となっていたのは、生徒と教師という立場であり、その年齢の開きであった。(だいぶ話を端折ってしまうけれど)結果、迷いながらもすずめは自分と同じペースで時間を過ごしていける馬村を選ぶこととなるのだった。しかしながら、あるいは当然なのだが、そうした結末は、決してすずめに対する獅子尾の気持ちを偽とするものではない。立場の対等性を抜きにするのであれば、単に獅子尾はフラれたのである。もちろん、単に、では片付けられない魅力が、獅子尾にはあった。それがすずめの迷いとなっていたのであって、いや、獅子尾が選ばれるというルートも、まったく不自然ではなかったのだ。それだけの魅力を持った人物が、最愛だと信じたはずの異性にフラれ、フラれたのち、どのような時間を過ごしたのか。
本編から6年後の獅子尾の姿を「隣の男」は描いている。ファン・サービスとして優れているのは、獅子尾が以前のまま(内面を隠しているがゆえに)飄々とした魅力を損なわずに備えていることだろう。アパートの隣人である(世間に擦れ、やや無感動となってしまっているような)女性編集者の視線を通じ、果たしてすずめに対する獅子尾の想いはどこに行ったのかを垣間見せているところに、短編ならではの味わいがある。物語のレベルで見たとき、具体的にどうという展開はないものの、そこはかなとく獅子尾と女性編集者のラヴ・ロマンスが仄めかされているような気がしてしまうのは、獅子尾に特定の恋人がいないこと、ひいてはすずめに未練を残しているのかもしれない可能性と無関連ではない。
誰かを一途に想うことを是にするとしたら、未練は必ずしも悪ではない。だが、未練のなかを生き続けることは、どうしたって悲しい。獅子尾が、長い時間をかけ、すずめが他の人物と結ばれてしまったことを、どのように受け入れたのか。これを(ある意味で特別な一日をあいだに挟みながら)アブストラクトに切り取ってみせたのが、「隣の男」だといえる。すずめを想像する獅子尾の表情は今でも優しい。優しいがゆえに切ない。その切なさに胸を打たれる。感傷の綺麗に澄んだ読み切りである。
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・その他やまもり三香に関する文章
『シュガーズ』
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