ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2015年05月23日
 聖闘士星矢EPISODE.Gアサシン 3 (チャンピオンREDコミックス)

 ここまで何でもありだと、もはや『聖闘士星矢』じゃないのではないか。しかし、その「何でもあり」なことで最高に燃えるのが、岡田芽武の『聖闘士星矢EPISODE.Gアサシン』である。いやはや、えらいものになってるぞ、と思う。1巻では、ギリシア神話をアレンジした『聖闘士星矢』の作品世界とヨーロッパにおけるアーサー王と円卓の騎士の伝説とをアクロバティックに接続してみせたわけだが、続く2巻では、時空をさらにチューニングし、なんと車田正美のオリジナル・ヴァージョンのプリクエル(前日譚)にあたる『聖闘士星矢EPISODE.G』とオリジナル・ヴァージョンがいまだ正式には描いていないはずの未来とを直結させてしまった。結果、若き日の山羊座(カプリコーン)のシュラと双子座(バルゴ)の黄金聖闘士として成長した瞬とが物語の同一線上に存在するばかりか、聖剣戦争の名において彼らが新旧世代の区別なく共闘しうる可能性を提示してしまったのだ。そして、3巻では、その可能性を正しく実現したかのように天秤座(ライブラ)の黄金聖衣をまとい、もう一本の聖剣(エクスカリバー)を携えた紫龍が、北欧神話からやってきた聖剣(グラム)の聖剣所持者(セイクリッドソードホルダー)シグルスと相対することとなるのであった。

 時空を越え、ありとあらゆる神話と伝説とが統合されていく。『聖闘士星矢』のスピンオフあるいは『聖闘士星矢EPISODE.G』の続編というより、岡田芽武版『Fate/stay night』なのではないか、と思わされるようなところが『聖闘士星矢EPISODE.Gアサシン』にはあるし、オリジナル・ヴァージョンなどで既出の登場人物たちが、独自のコンセプトを担わされ、召集されるさまは、スーパーヒーロー大戦さながらである。あくまでも車田の『聖闘士星矢』を背景(データベース)にすることで作品は成立しているという意味では、確かに二次創作的であって、オリジナル・ヴァージョンのブランドの強さを感じさせる。と同時に『聖闘士星矢』のブランドをプラットホームとし、様々な神話や伝説の類が、別個の背景(データベース)として縦横無尽に参照され、作品それ自体の枠組みを補強している点に注目されたい。これはもしかするとスマートフォンのゲーム・アプリに近いアプローチなのかもしれない。『パズル&ドラゴンズ』や『モンスターストライク』、『ドラゴンポーカー』といったヒット作を例に挙げられる通り、そこでは本来は異なった体系に存在しているはずの神話や伝説の住人、果てはアニメのキャラクターまでもが、ゲーム内のシステムとイベントに組み込まれ、共闘しようと不思議ではない。もっというなら、『聖闘士星矢EPISODE.Gアサシン』におけるCGとオールカラーの美麗なカットは、ゲーム・アプリにおけるバトルの派手な演出に符合するのではないか。

 いずれにせよ、『聖闘士星矢EPISODE.Gアサシン』の「何でもあり」な展開は、即時的なスペクタクルと不可分に繋がっている。根拠の有無にかかわらず、奮い立つような断言を畳みかけてくるポエジーも同様である。紫龍とシグルスの決戦の最中に紡がれる以下のモノローグは、おそらく「ペガサス幻想」からの引用を含んでいるのだろう。それは満身創痍の紫龍に〈立てと鼓舞する友の声――〉でもある。そう、〈――あの少年だった日々――オレたちは――明日こそ成ろうと想っていた――その夢だけは誰も奪えない――相手は過去の「英雄」――でも――オレたちはみんな――今は「勇者」――だろ? 紫龍〉そして、炸裂する廬山昇龍覇のかっこよさときたら。たちどころに胸を熱くさせるのだ。

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 『聖闘士星矢 EPISODE.G』
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