ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2014年10月22日
 きょうのキラ君(9)<完> (講談社コミックス別冊フレンド)

 みきもと凜の『きょうのキラ君』は、泣きの要素の入れっぷりに、あざといと見る向きも少なくはないかもしれない。基本的に、恋人が死ぬ(かもしれない)タイプの難病ものとして進んできた話が、この最終9巻では、ペットが死ぬ(かもしれない)タイプの動物ものへと転換している。しかし、かけがえがない対象の喪失を意識せざるをえないヒロインの成長が、作品のエモーションとドラマを担っている点に変わりはない。

 ヒロインであるニノ(岡村ニノン)の成長は、彼女が自分を取り巻く世界と人々とをいかに理解し、いかに受け入れるかという姿を通じて、描かれていった。それは彼女を取り巻く人々がいかに彼女を理解し、いかに受け入れていくかという変化を、同時に描くことでもあった。中盤以降、メインであるニノとキラ(吉良ゆいじ)のラヴ・ロマンスばかりではなく、矢部と澪というワキの人物のエピソードが(単なる横恋慕や三角関係のエッセンスである以上に)充実してきたのは、そのためであろう。とりわけ、矢部は通常の少女マンガに出てくる噛ませ犬の役割を逸脱した特別なポジションにつけていたと思う。

 手術を終えたはいいが、眠りから目覚めぬキラの安否、そして、唐突に訪れることとなった先生との別れが、全編のクライマックスである。先生とは、インコであるにもかかわらず、ニノたちと対等に会話ができるという意味で、ファンタジーにほかならない。疎外されていた過去と消極的な性格のため、現実から目をそらしていたニノにとっては、当初の段階より最大の理解者の立場を一貫していた。したがって、キラとのラヴ・ロマンスを経ながら、現実のなかに居場所を得ていったニノの成長を裏づけるものとして、先生との別れが生じることは、物語上の必然だったといえる。

 幼少期にニノを疎外していた少年の謝罪は、いくらか取り繕った風ではあるが、彼女が世界をいかに受け入れるかという先述したテーマを、わかりやすくしている。また、亡くなった者からのヴィデオ・メッセージは、見え透いたアイディアではあるし、その直接的な言葉が説教くさくもあるのだけれど、ここまで作品を追いかけてきた人間にとっては、すまん、ちょっと涙腺がゆるんでしまうような場面だ。

 5巻について→こちら

・その他みきもと凜に関する文章
 『近キョリ恋愛』
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『17歳』について→こちら