ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2014年10月25日
 An Overture

 YOUTH CODE、かっこいいじゃんね、と思う。米カリフォルニア州ロスアンゼルス出身の男女2人組のユニットである。2013年にセルフ・タイトルのファースト・フル・アルバムをリリースしたのちも、次々に細かく音源を発表し続けていて、この『AN OVERTURE』は、それらの音源を一括した作品となる。

 実は、はじめて『YOUTH CODE』を聴いたとき(ユニットの編成や出身地などから)てっきりDEATH GRIPSのようにエクスペリメンタルなヒップホップなのかな、とアタリをつけていたのだけれど、いやいや、オールドスクールなインダストリアルあるいはエレクトリック・ボディ・ミュージックの方向にフル・スウィングしたサウンドだったので、つい仰け反ってしまったのだが、もちろん、それが悪いというわけではないし、無機質なビートとアグレッシヴなヴォーカルの非常に魅力的なマッチングに、ちょっと時代錯誤じゃないか、という戸惑いは、段々と薄れていったのだった。

 SKINNY PUPPYやFRONT LINE ASSEMBLY、はたまた初期のMINISTRYや初期のNINE INCH NAILSまでをも彷彿とさせるリズムの打ち込みは、EDMの今どきな派手さに比べたら、ちょっと若くはないかもしれない。しかし、そこからはトレンドとは異なったレベルの美意識が確かに感じられる。反面、煽っていくタイプのスクリームが強烈なフックの役割を果たしているのである。

 女性がハードコア・パンクやデス・メタルのヴォーカルを担当しようともう珍しくはなくなって久しいが、こうした(90年代の前半には雨後のタケノコのようにわんさかいたよね、という)スタイルのサウンドにそれが乗ると結構なインパクトがある。男性がヴォーカルのナンバーもあるけれど、やはり、女性のヴォーカルか男女がツインのヴォーカルの方にYOUTH CODEならではの特徴が出ている。

 3曲目の「FOR I AM CURSED」が私的なベストである。冒頭の4曲は、リミックス・ヴァージョンなどを収録した『A PLACE TO STAND』とまったく一緒の内容になっているのだったが、『A PLACE TO STAND』と同じく、「FOR I AM CURSED」が最もぐっとくるし、キャッチーなんじゃないかな、と思う。クライマックスの作り方とコーラスのパートに、どことなくNINE INCH NAILSの「HEAD LIKE A HOLE」を感じさせるところがある。が、ダークでメランコリックなキーボードの旋律が、ニュー・ウェーヴやゴシックからの影響を声高に主張していて、それに吐き捨てるような勢いのヴォーカルが絶妙に合わさっていく。

 クールなヴァイブレーションとハイなエネルギーとが同居している。

 バンドのBandcamp→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽(2014年)
2014年10月22日
 きょうのキラ君(9)<完> (講談社コミックス別冊フレンド)

 みきもと凜の『きょうのキラ君』は、泣きの要素の入れっぷりに、あざといと見る向きも少なくはないかもしれない。基本的に、恋人が死ぬ(かもしれない)タイプの難病ものとして進んできた話が、この最終9巻では、ペットが死ぬ(かもしれない)タイプの動物ものへと転換している。しかし、かけがえがない対象の喪失を意識せざるをえないヒロインの成長が、作品のエモーションとドラマを担っている点に変わりはない。

 ヒロインであるニノ(岡村ニノン)の成長は、彼女が自分を取り巻く世界と人々とをいかに理解し、いかに受け入れるかという姿を通じて、描かれていった。それは彼女を取り巻く人々がいかに彼女を理解し、いかに受け入れていくかという変化を、同時に描くことでもあった。中盤以降、メインであるニノとキラ(吉良ゆいじ)のラヴ・ロマンスばかりではなく、矢部と澪というワキの人物のエピソードが(単なる横恋慕や三角関係のエッセンスである以上に)充実してきたのは、そのためであろう。とりわけ、矢部は通常の少女マンガに出てくる噛ませ犬の役割を逸脱した特別なポジションにつけていたと思う。

 手術を終えたはいいが、眠りから目覚めぬキラの安否、そして、唐突に訪れることとなった先生との別れが、全編のクライマックスである。先生とは、インコであるにもかかわらず、ニノたちと対等に会話ができるという意味で、ファンタジーにほかならない。疎外されていた過去と消極的な性格のため、現実から目をそらしていたニノにとっては、当初の段階より最大の理解者の立場を一貫していた。したがって、キラとのラヴ・ロマンスを経ながら、現実のなかに居場所を得ていったニノの成長を裏づけるものとして、先生との別れが生じることは、物語上の必然だったといえる。

 幼少期にニノを疎外していた少年の謝罪は、いくらか取り繕った風ではあるが、彼女が世界をいかに受け入れるかという先述したテーマを、わかりやすくしている。また、亡くなった者からのヴィデオ・メッセージは、見え透いたアイディアではあるし、その直接的な言葉が説教くさくもあるのだけれど、ここまで作品を追いかけてきた人間にとっては、すまん、ちょっと涙腺がゆるんでしまうような場面だ。

 5巻について→こちら

・その他みきもと凜に関する文章
 『近キョリ恋愛』
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『17歳』について→こちら 
2014年10月21日
 聖闘士星矢EPISODE.G アサシン 1 (チャンピオンREDコミックス)

 あの『男坂』の最新巻にはじまって、『聖闘士星矢』の外伝といおうかスピンオフといおうかが三冊同時に出るなど、この10月はまるで車田正美強化月間のようであった。三冊同時に出た外伝の中の一つが、『聖闘士星矢EPISODE.G アサシン』である。1巻の段階では、はっきりとした物語はまだ見えていないのだが、これ、岡田芽武版『聖闘士星矢』である以上に、岡田芽武版『Fate/stay night』なんじゃないか、と思わされるものがある。現代の日本を舞台に、異能の力を持った円卓の騎士たちが聖剣戦争を繰り広げることとなるのだ。

 新宿に一人の黄金聖闘士(ゴールドセイント)が降り立った。山羊座(カプリコーン)のシュラである。女神(アテナ)の神託(オラクル)を授かったシュラには、聖域(サンクチュアリ)に背いてまで、果たさなければならない使命があった。それは暗殺者(アサシン)である。女神の敵として現れた謎の脅威を極秘裏に倒さなければならない。他方、裏切り者となったシュラの暗殺者を請け負ったのは、獅子座(レオ)のアイオリアだ。同じ黄金聖闘士に命を狙われながら、ついにシュラは自分のターゲットと相まみえることになった。それは円卓の騎士(ナイト・オブ・ラウンドテーブル)を裏切ったアロンダイトの剣闘士(グラディエーター)、ランスロットを名乗るばかりか、シュラのことをアーサー王(キングアーサー)と呼ぶのであった。そして、ランスロットは真の聖剣を持つのに相応しいのは誰かを問い、聖剣戦争の開幕を告げたのだ。

 要するに、アーサー王の伝説の世界がギリシアの神話の世界に浸食してき、その繋ぎ目にシュラの聖剣(エクスカリバー)を位置させているというのが、現段階で判明している『聖闘士星矢EPISODE.G アサシン』の構図である。もちろん、『聖闘士星矢EPISODE.G』における対話篇のようなバトルの描写と展開は『聖闘士星矢EPISODE.G アサシン』でも健在だ。ランスロットは東京都庁を指し、それを〈砂上の楼閣〉に喩える。さらには〈政はどこでも同じだ 我が王よ〉〈我々の政が人々を救えたか?〉〈志を持って集まった筈の我等――円卓の騎士〉〈脆くも瓦解し――結果 我々は / 殺戮し合った――〉〈力ある者は他者ではなく〉〈己の為にその力を使うのが――必然の証〉〈力とはその全てが欲望で形作られている――それを我々が証明した〉というのだ。このとき、シュラの無手の剣は、ランスロットへの反論にほかならない

 シュラはいうだろう。〈力とは他者の為に使う物〉だと。しかし、それをランスロットは認めない。〈ならば――刮目せよ!!〉という。〈我ら「剣闘士」の剣が――思想の上に立っていない事を――!! その眼前に現れる――死の具現化を!!〉まざまざと見せつけるのだった。

 正直な話、聖剣戦争にアイオリアがどう絡むのか、ちょっとわからないところがある。ただ、女神の聖闘士という意味で、シュラとアイオリアの思想が共通しているのは明らかである。その点では、シュラに託された作品のテーマの補強する役割を担っている。オールカラーの仕様は、車田本人の『聖闘士星矢 NEXT DIMENSION 冥王神話』を彷彿とさせる。もしくは(カード・ゲームを模した)スマホ・ゲームにおけるアトラクションの感覚を参照しているのだろう。が、やはり、登場人物たちの言い回しの濃さが最大の特徴となっている。

 『聖闘士星矢 EPISODE.G』
  20巻について→こちら
 17巻について→こちら
  15巻について→こちら
  0巻について→こちら 
  14巻について→こちら
  11巻について→こちら
  10巻について→こちら
  9巻について→こちら
  8巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
2014年10月20日
 [R-16]R(1) (ヤンマガKCスペシャル)

 ああ、禁断の物語の幕があがる。佐木飛朗斗(原作)と東直輝(漫画)の『[R-16]R』の1巻である。どうして、禁断なのか。それは、幸福とはいいがたい結末を迎えた『[R-16]』の登場人物たちのその後を、間接的にであろうと知ることになるからだった。つまり、鳴海純弥は、門倉真希央は、テル(安斉輝男)は、狂いの生じた運命の歯車を正しくできるだけの“強い生き物”になれたかよ、であろう。もちろん、小説として発表された「秋の16歳」は、一つの回答ではあった。しかし、同時に歯車の軋みをそのままにした残響のようでもあった。失われてしまったものは永遠に取り返せないことを『[R-16]』の少年たちは知ることになるのである。そして、『[R-16]R』は、『[R-16]』の少年たちでさえも既に失われてしまった世界を舞台にしている。

 主人公は鳴海純弥の息子、鳴海純真だ。純真を中心とし、『[R-16]』の少年たちの子供の世代が『[R-16]R』では描かれていくのだったが、ここで注意されたいのは、世代を交代してもなお、『[R-16]』における運命の歯車の回転が『[R-16]R』で繰り返されている点である。輪廻、因果、ループ、どのように喩えてもいい。純真は、純弥の息子であると同時に純弥の運命をもリヴァイヴァルしているのである。いや、純真に限ったことではない。純真の親友たち、リョウ(門倉稜一郎)とマコ(二階堂麻琴)も『[R-16]』の繰り返しを彼ら自身の中に内蔵している。とりわけ、紅い髪と灰色の瞳を持ったリョウは、その門倉性が示している通り、真希央の血縁にほかならない。実は、マコも『[R-16]』のとある登場人物の血筋にあたる。さらに、純真たち三人の前に立ちはだかる少年、島田の混濁した意識と常軌を逸した暴力は、猪瀬英樹を彷彿とさせる。島田とは、猪瀬の子供を産んだ少女の名字であった。まるで示し合わせたかのように、親の世代に複雑な葛藤を持った少年たちが相まみえ、『[R-16]』の相関図を再現しはじめようとしているというのが、この1巻のあらすじとなる。

 もしも『[R-16]R』が『[R-16]』の相関図をなぞらえているのだとすれば、この段階では親友として笑顔を交わしている純真とリョウに決別が訪れるのかどうかが、大きな関心となってくる。『[R-16]R』の1巻は、純真が15歳のとき、まだ中学の頃(中学の卒業式の一日)を描いている。『[R-16]』でいうなら、「冬の15歳」である。「冬の15歳」に何があったかよ。高校進学を前にして、運命の歯車が次第にひずんでいったのではないか。その予兆は、『[R-16]R』において、島田の登場とリョウの敗北に感じられる。そして、日章カラーのカワサキ750RS、Z II(ゼッツー)だ。横浜神音天道會爆麗党の総長、南雲から純弥が譲り受けた特別仕様の単車は、『[R-16]R』でも『[R-16]』と変わらず、少年たちの欠落と欲望とを象徴するかのような役割を果たしているのだった。

 テーマのレベルで見るとすれば、『[R-16]』と『[R-16]R』の相似は、父親(父権)の不在(喪失)がもたらした少年たちの混乱に由来している。それは形骸化した家父長制といかに少年たちが闘うかということでもある。『[R-16]』の真希央の父親は父親である以上に巨大な資本家として真希央を支配することで、真希央から憎悪された。これに近い図式が、どうやらリョウと父親のあいだには横たわっているようである。リョウの父親が真希央だとしたら、真希央は自分が憎んでいた人間と同じ人間になったのだろうか。純弥だったら、それで“強い生き物”になれたのかよ、真希央、と問い質すだろうね、である。では、純弥はどうなった。純真に父親としての在り方をきちんと示しえたのか。なんと『[R-16]R』は、純真が三歳のときに純弥が故人になったという衝撃の事実をもって、物語の幕をあげるのであった。

「目的を失くしても行為は残る」これは『[R-16]』のラストで南雲が純弥に告げた言葉である。

『[R-16]R』を読むと、『外天の夏』や『爆麗音』の原点は『[R-16]』だということがよくわかる。もちろん、それらに描かれてきた孤独と苦悩は『疾風伝説 特攻の拓』の天羽時貞における根なし草というモチーフを原型にしている。佐木の作品に出てくる少年たちの少なからずが、皆、根なし草に生まれついているという意味での兄弟なのである。根なし草であるがゆえに少年たちは一瞬、刹那の速度に居場所を求めようとする。そう仮定されるとき、『[R-16]R』で母親(母性)がどのように描かれているかも見逃せない部分になるのかもしれない。

 『[R-16]』(漫画・桑原真也)12巻について→こちら

・その他佐木飛朗斗・東直輝に関する文章
 『爆音伝説カブラギ』
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『妖変ニーベルングの指環』1巻について→こちら
 『外天の夏』
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら

・その他佐木飛朗斗に関する文章
 『疾風伝説 特攻の拓 外伝 〜Early Day's〜』(漫画・所十三)
  1巻について→こちら
  2巻について→こちら
 『爆麗音』(漫画・山田秋太郎)
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら  
  1巻・2巻について→こちら
 『パッサカリア[Op.7]』について→こちら