ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2014年01月31日
 東南角部屋 1 (マーガレットコミックス)

 田島みみの『東南角部屋』は、この1巻の「あとがき」にある通り、作者にとっては〈初めての大人の女性向けまんが誌掲載作品〉となっていて、なるほど、登場人物の年齢や設定、絵柄の部分に、以前と比べ、大きく変化が持ち込まれている。ただし、男女の三角関係をモチーフとしているという点においては、そしてそれはこの手のラヴ・ロマンスの様式性ではあるのだったが、田島自身の持ち味に忠実すぎるほど忠実なものでもあろう。その意味で、一貫している。

 引っ越しの直前でアパートの契約を反故にしてしまい、一晩路頭に迷うこととなってしまった夏目翼は、それを見かねた通りすがりの男性、千賀大輔に声をかけられる。大輔のそのチャラい言動とルックスから、最初は用心していた翼なのだけれど、成り行きのまま彼を頼りにするしかなかった。大輔は隣人であり友人である川島薫のところで寝泊まりすると言う。ばかりか、自分の部屋をしばらく使っていてもいいと翼に許可するのである。そこは実際に翼が大家を兼ねているマンションでもあった。結果、そのマンションの空き部屋を翼が借り受けることになり、三人の生活は次第にリンクしていくようになるのだった。

 過去の作品であれば、ヒロインがお姫様の立場にあって、二人の王子様が彼女を中心とした綱引きをするというのが、田島のマンガに見られた傾向である。だが、『東南角部屋』では、決してそうとは明言されていないものの、大輔に好意を寄せる同性愛者であるかのように薫は描かれており、(少なくとも今の時点で)お姫様をめぐる王子様同士の対立は確認されない。このへんが、活動の場を移しての新機軸であるかもしれない。

 とはいえ、重要なのは、社会に出た女性をヒロイン(翼は警備員の仕事をしている体力派である)に置きながらも、ディテールや展開のレベルでは、必ずしもリアリズムで読まれるべき内容にはなっていないことだと思う。大体、リアリズムの尺度を採用するのであったら、見ず知らずの人間にひょいひょい付いていくヒロインは単に迂闊であるし、それが善意からくるものであれ、ラヴ・ロマンスに相応しい物語の入口となっているのはいくらか都合がよすぎる。もちろん、悪く言っているのではない。あくまでもリアリズムの尺度に限ったらの話であって、しかし『東南角部屋』の本質もしくは魅力はおそらくそこではないだろう。

 モノローグに明らかであるようにヒロインの内面が主に作品のエモーションを握っているのに対して、大輔や薫の内面は奥に引っ込まされている。とりわけ、にこやかな表情を崩さない大輔の内面はほとんどクローズドだといえる。それはつまり、彼らがフェアリーテイルにおけるファンタジーに近い役割を果たしているからなのである。『東南角部屋』がある種のフェアリーテイルであることの暗示なのだ。

 現状、確かに社会を舞台にはしているが、翼の特権的な立場、ヒロインならではのポジションは、二人の男性の登場によって与えられている。これは学園ものがそうであるのと同じく、少女マンガに特徴的なラヴ・ロマンスの様式性とその構造に由来する。そうしたなかにこそ、作者のきらきらとした持ち味は生きてきているのだ。反面、今後、ヒロインの家族や女性の自立などのテーマが浮上してくる可能性もないわけではない。それは過去の作品にはなかったものである。どう転ぶか。田島のキャリアにとって『東南角部屋』がどのような作品であるのかの判断は、もう少し先まで待たれなければならない。

・その他田島みみに関する文章
 『青春ロケーション』第1巻について→こちら
 『君じゃなきゃダメなんだ』
  3巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『学校のおじかん』
  17巻について→こちら
  13巻について→こちら
  12巻について→こちら
  9巻について→こちら
  5巻について→こちら
2014年01月10日
 クローバー 34 (少年チャンピオン・コミックス)

 広島訪問編は、まさかのWひろし・トリビュートなんだろうか。この『クローバー』の34巻では、主人公の美咲隼人が、かつての強敵たちとファイヴマンセルを組み、規格外の問題児を隔離した孤島へと乗り込んでいくのである。作者である平川哲弘の意図はどうであれ、こうした筋書きは、橋ヒロシの『WORST』と田中宏の『女神の鬼』のミックスを思わせる。オールスター・チームの地方遠征は『クローズ』にもあったし、5対5のタイマン形式で行われるそれは『WORST』におけるクライマックスでもあった。また、肉親からも見放され、広島の市街を追放された不良少年たちが、追放された先で内輪のルールを独自に作り上げているというのは、イメージの上で『女神の鬼』の鎖国島と重なる。もちろん、そのような類似は単にヤンキー・マンガの様式性によってもたらされているにすぎないのかもしれない。ここで肝心なのは、その様式性の高さ、形式美とすべきものこそが『クローバー』を、今日この手のジャンルのなかでも見逃せない一作にまで持ち上げている点なのだ。

 近年のヤンキー・マンガは大きく二つの系統に分けられるのではないか。フェイク軍記もの(『疾風・虹丸組』『Hey!リキ』『A-BOUT!』等)とフェイク自伝もの(『ドロップ』『チキン』『OUT』等)の二つに、である。時代劇の比喩を用いるなら、実はどちらも大河ドラマのごとき長編を指向しているといっていい。当然、例外はある。そうした例外の一つに『クローバー』は数えられるのであって、再び時代劇の比喩を使うのであれば、『クローバー』などはエピソード単位でコトを運ぶ、つまりは勧善懲悪の捕物帖に近い。原作のマンガ版というより、テレビ・ドラマ版の脚色を通じて『水戸黄門』のスタイルになぞられることもあった『ごくせん』のあれだ。この意味で、フェイク軍記ものやフェイク自伝ものが戦国時代や幕末の波乱を描いているのだとすることができるのに対して、『クローバー』は近世の市民と生活とを描いているのだといえる。作品の軸足はあくまでも日常にほかならない。他の作品に比べ、アルバイトや恋愛、趣味での活動やコメディのパートにページが多く割かれているのは、それが日常を描くことと同義だからなのだと思う。

 勧善懲悪の捕物帖では、主人公は必ずや正義でなければならないという前提が必要とされる。なぜ、主人公は正義なのか。それはほとんど「悪党を懲らしめる、やっつける、改心させる役割を果たしているためだ」型のトートロジーによって成り立っている。『クローバー』の主人公、美咲隼人もこのケースに当てはまるだろう。序盤の展開こそ、ハヤトとトモキ、ケンジの友情をベースに物語は進んでいくのかな、と感じられたけれど、連載を経るにつれ、美咲隼人を「ハヤト」と呼ぶのは幼馴染みであるトモキやケンジに限られることとなり、かわりに「美咲」と声をかけてくる登場人物の方が目立ちはじめるようになった。現在の『クローバー』において「美咲」とは、トラブル・シューターとして登場人物たちから信頼に足る存在の名称である。ここで注意されたいのは、そのような信頼がどこからやってきているのかであって、端的に述べるなら、それは「義理」や「人情」に基づいているということなのだった。おお、「義理」や「人情」だなんて、まるで近世を舞台にした時代劇みたいではないか。

 事実、この34巻を例に出すなら、どうして美咲隼人は紅葉神島高校という極悪の集団に挑んでいくのか。理由を考えるべきである。どうして真木や菊池、ゲンゲン(源元)、ハンマーヘッドの吉良が、わざわざ広島に駆けつけてくるのか。あるいはトモキやケンジを除いた登場人物たちが、損得勘定なしで「美咲」の助けになろうとするのか。これはもう「義理」と「人情」というしかない。美咲隼人は旧友である来栖を見捨ててはおけず、来栖とは無関係なはずの登場人物たちは過去に美咲隼人から受けた恩を返さずにはいらない。それがすなわち「義理」と「人情」の世界なのだ。そして、正直な話、その旧き良き価値観をさりげなく(一切の重荷とはせず)皆で背負っちゃってるところが、なにげに熱いんですよ、と口にしたい。「不良少年にも内面はあるんだよ」といわんばかりのテーマ主義に傾いたヤンキー・マンガの多くは、フェイク軍記ものとフェイク自伝もののいずれかに振り分けられるが、そこから『クローバー』はいち早く離脱しているのであって、形式美にまで高められた様式性はむしろ、逆転としてその個性をより一層際立たせる(他の作品との相似が同時に他の作品との差異をも明らかにする)ものとなっている。

 14巻について→こちら
 8巻について→こちら
 1話目について→こちら

・その他平川哲弘に関する文章
 『クローズZERO II 鈴蘭×鳳仙』(原作・橋ヒロシ、脚本・武藤将吾 / 水島力也)2巻について→こちら
2014年01月09日
 Obliterations [Explicit]

 ハッピーでなんかありやしねえよ。気分はまあ、いつだって低空飛行になりがちなのだったが、それでもダレてばかりはいられないし、切迫したものに激しく胸を突き上げられることがあらあ。そのとき、米カリフォルニア州ロスアンゼルスの4人組、OBLITERATIONSのセルフ・タイトルのデビューEPは、格好のBGMだ。そこで聴かれるサウンドは、バンド自身がバイオグラフィでアピールしている通り、 BLACK SABBATHと BLACK FLAGからインスピレーションを得ているのだろう。重心を下に置き、無骨な軋みとアンダーグラウンドに似つかわしいオーラをまとっているのだけれど、何よりもシンプルでストレートなハードコアであり、ロックン・ロールとして非常に滾っている。要するに、カッとくるのである。MC5やTHE STOOGES、ZEKEやTHE DWARVESあたりを引き合いに出して構わないかもしれない。ハイ・エナジーのスピード感がある。SAVIOURSのヴォーカルやBLACK MOUNTAINのギターによって組まれたバンドらしいが、それらに特徴的なドゥームであったり、サイケデリックであったりのエッセンスは、ほとんど持ち込まれていない。OBLITERATIONSの強烈なビートが立ちのぼらせているのは、「くそったれ。こんちくしょうめ」の衝動と同義になりうるような攻撃性であって、荒々しいガレージ・パンクを着こなした「KICK AGAINST THE PRICKS」をはじめとし、猥雑であるがゆえに正直なスタイルはばっちり決まっている。

 バンドのFacebook→こちら
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