ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2012年08月18日
 三国志ジョーカー 4 (ボニータコミックス)

 周喩きたああああ、であろう。これで、魏、呉、蜀に役者が揃い、いよいよ赤壁の戦いに向かって大局は動いていき、多くのサンゴクシシャン(小説家酒見賢一による造語で「三国志」ファンの意)にとって最高の見せ場を迎えるはずなのだが、いやしかしまあ、青木朋の『三国志ジョーカー』の本筋といおうか醍醐味といおうか、「三国志」(三国志演義)をベースにしたこの奇想天外なマンガの真骨頂は、軍記もの本来のフォーマットに特徴的なスペクタクルを思い切り外れたところに存在してるのは明らかで、ある種の場外戦がどこへどう進んでいくのか。よもや「三国志」とは思われない展開の方が大変気にかかるのである。

 だいたい『三国志ジョーカー』とは一体何なのか。4巻に入り、これまで謎めかされていた部分がだいぶ詳細になってきたわけだけれど、あらためて概要を述べようとすると以下の通りになってしまう。諸葛亮に誘拐された過去を持つ司馬懿。以降も執拗に司馬懿を執拗に付け狙う諸葛亮。スーツを着込んでタバコをふかし、数々の小道具とアイディアを弄しながら、諸葛亮の仕掛けてくるトラップをかわしてみせる司馬懿と、修道服を身にまとい、その時代にはありえないテクノロジーで司馬懿を監視、次々と怪事件を引き起こしていく諸葛亮。二人の対決は、さながら探偵と悪党のそれを思わせる(掲載誌は『月刊ミステリーボニータ』だしね)。しかしどうして諸葛亮は司馬懿に拘り続けるのか。タイムパトロールを名乗る少女の登場をきっかけに、未来からやってきたとおぼしき諸葛亮の正体が遂に暴かれるのだった。が、総じて、あの血湧き肉躍る男のロマンはどこー、といった感じなのだ。実際、劉備や曹操の大義や野望は物語上さほど重要ではないし、司馬懿や諸葛亮の知略はほとんど個人的な目的のためにあてられている。

 ところで酒見賢一は『泣き虫弱虫諸葛孔明 第参部』で〈孔明とはドラマツルギーをぶち壊す男なのであり、『三国志』の歴史と物語を歪める放射能をまき散らすジョーカー、トリックスターなのである〉と書いているが、『三国志ジョーカー』の諸葛亮もまた、文字通りのジョーカー、トリックスターであることが如実にうかがえる。結局のところ、司馬懿を巻き込み、いかにも「三国志」的なパブリック・イメージを覆しているのは、諸葛亮にほかならないのだ。では、はたして諸葛亮の目論みとは何か。これはおそらく、『三国志ジョーカー』とは一体何なのか、という本質に符合してくる問いでもあるだろう。

 軍記ものの時代にタイムスリップしてきた人物が、積極的にであれ消極的にであれ、歴史上のイベントに介入してしまう。このタイプのフィクションは決して物珍しくない。『三国志ジョーカー』もそのヴァリエーションだといえばいえるのだけれど、他と様子が異なっているのは、彼の(この場合は諸葛亮の)モチベーションが舞台背景とは完全に乖離していることだと思う。主人公である司馬懿をなぜ付け狙うのか。序盤の段階では、もしかしたら諸葛亮の企みには巨大なサスペンスが隠されているのではないか、と勘繰らせるところがあった。しかしそんなことはなかったぜ。こうはっきりするのが4巻のクライマックスであろう。そしてそれは、以前より司馬懿と諸葛亮の関係に匂わされていたボーイズラブちっくなニュアンスをさらに強めるものとなっている。実は冒頭の、周喩きたああああ、の叫びは彼らの三角関係を期待したい心の声である(冗談半分本気半分だよ)。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2012)